三井環(元大阪高検公安部長)氏の「口封じ不当逮捕事件」の上告棄却決定を弾劾する(承前) |
#ほいで、その『創』の最新号(09年7月号)が落とした、三井環のオッサンの手記の件だが、事前に手紙を静岡のムショから受け取って、メールで打ち直して、編集部に、締切までにちゃんと送信しておいた、オッサンの奥さんによるとだな、「原稿が長くて、どこで切ればいいのか、わからなかった。ひょっとしたら、長すぎたのかも」と漏らしておったんだが、しかし、そんなもんは、「落とす理由」には、ならない。なぜかというと、ああいう状況で、ちゃんとした400字詰めの桝目の原稿用紙もままらない状況で、きっちり、枠内通りに収めるというのが、そもそも、ムリな注文だし、だいたい、編集者にしろ、デスクの仕事なんてのは、「原稿を削る」ことだからな。
しかし、「削る」といっても、プロの手にかかれば、「質を落とさず、枝葉を削ぎ落とす」というのが、その「『削る』という作業の、真髄」だからな。ワシもそうだが、書いている段階ってのは、どうしても、アタマがホットになっておって(このブログのように)、「余計なこと」をイッパイ、書き込んでおるんだが、「ゲラ」の段階で、そういう「余計な枝葉の部分」を削ぎ落として、スリムにするんだな。そうすると、文章にも勢いが出てくる。ただ、自分で書いた文章を、自分で削るってのは、ムズカシイっていうか、やはり、「思い入れ」があるんで、なかなか、よう削れんのだよな。しかし、編集者とか、デスクといった「第3者」が、それをやると、客観的に文章を読める部分があるので、そういう「枝葉」をスパスパと削れる。で、そうやって、枝葉を刈り込むと、文章自体も、ブラッシュアップされるんだな。だから、もし、制限字数に、編集部が、どうしてもこだわっているんであれば、そうやって、文章を刈り込むことはできたわけだ。しかし、ワシは、別に、敢えて、削る必要もないと思う。だから、やりようによっては、「上、下」と、2回にしてもいいし、頁数を増やしてもいい。いくらでも、対応はできるんだ。
100歩譲って、その三井環のオッサンの原稿を落としてまで、他に優先しなければならない記事が、あの最新号のラインナップにあったか? どうせ、原稿料なんて、払っておらんのだろうから、ちゃんと、その手記の連載を読みたい読者は、ナンボでもおるんだから、「やるべき、最低のことぐらい」は、「ちゃんとやれ!」ってんだ。こういういい加減な編集作業を放置させておくことが、「ニッポンの民主主義」を退廃に追いやっておるんだ。権力中枢が、腐りきってるのは、そんなもん、100萬年も前からわかっておる。それを、「批判したフリ」をして満足しておる、「売文業者連中の、志のなさ」こそが、厳しく弾劾されるべきだと思う<ラスプーチンも、「栄えある連載人の、大チシキ人」として、 『創』の連中に、何か、一言、ビシッと言ってやってくれや。頼むで!
#で、その「ラスプーチン&モリカズ」の怪談本『正義の正体』(集英社インターナショナル)を読んでるとだな、ラスプーチンが、三井環のオッサンについて言及しとるくだりがあって、ヤツは、こんなことを言っとるんだよな。「いざ、体制との闘いということになったときに、論理の組み立てが完全に反体制の側に行ってしまった。そうすると、自分の前半生の部分、公安ケンサツとして、それまで過激派をいじめていた過去は、どうなるのか?」ってな。ワシ、ようわからんのは、「右か、左か」で色分けするがごとく、「体制vs反体制」とかいう、あまりにも安直かつ、何も考えないままにレッテルを貼りやすい方法で区分して、どうのこうのって、いじくり回すヤリ方だわなあ。あんまりアタマのよくない社怪ガクシャとかが、x軸、y軸の平面座標上に、適当に要素を振り分けて、何かわかったツモリになっとるレベルと、ほとんど変わらんのだよなあ。阿呆、そんな「闘い方」の手法に、「体制的」だとか、「反体制的」だとかなんて、あるかいな。そこにあるのは、「本気のフリをして、じつは、適当にやって、お茶を濁し、ただ、時間を浪費するだけ」か、「徹底的に、相手を殲滅するまで、闘い抜く」の、いずれしか、ないだろうが。
「反体制」を標榜しとる連中の、ノー天気ぶりっていうか、「いい加減さ」なんて、あの「ママゴト全共闘」の「結末」を見れば、イッパツぢゃないか。連中に、本気で、この社怪を、時代を変革し、せめては、少しはマシな方向に持っては行こうっていう、「志」というものが、あったか? もし、あったとしたなら、あんな無残な末路には、なっておらんかっただろうが! その「未熟ぶり」と「致命的なレベルの低さ」を、ちゃんと、ソーカツしろってんだ、このアホンダラが! まだ、「体制の最中枢」に蠢いておる連中の方が、徹底しとる。「腐れケンサツの裏金」の実態を、「顔出し」で告発しようとした、その三井環のオッサンを、デッチ上げの被疑事実で、「口封じタイホ」して、今、彼を塀の中に放り込んで、服役させておるぢゃないか。足利ジケンの「冤罪」もええが、ここにもっと、凄まじいまでの「大冤罪ジケン」があるというのに、誰も、「見ざる、言わざる」で、「なかったこと、知らなかったこと」にしとるだろうが。こんなバカなことがあるか。いいか、「カクメイ」ってのは、やるべきことを、最後まで徹底的にやり抜くことだ。そんなラスプーチンみたいに、生温いことを言ってるんぢゃねえってんだ。そういう連中が、意味もなく、ただ、ウヨウヨと群れてるんだ。ゼロに何を掛けても、ゼロにしかならんわい! 逆に言えば、諸々のしがらみ、クビキから逃れた、「自由なアウトロー」こそが、「真のエスタブリッシュメント」として、世界の「中枢」に存在することが、できるんだ。その意味が、ちゃんと、わかるか?
#で、その「イカサマ・イラン大統領センキョ」を巡って、テヘランでは、この6月20日に、銃撃戦がオッ始まって、ムサビ支持派の市民らを、射殺して、少なくとも13人が死亡、数百人負傷か。ハメネイのジジイも、いよいよ、ヤキが回ってきて、北のわがままおやぢや、ミャンマーみたいなことを、ヤリ始めたな(笑)。コイツは、隣のパキスタンから、ムシャラフを持ってきてだな、アハマディネジャドの代わりに持ってきた方がええかもしれんな。
まあ、今度のイラン大統領センキョの本質は、やはり、ブッシュ倅が、2000年の大統領センキョで、フロリダ州での開票作業を、無理やり止めさせて、「八百長」で、「大統領の座」をもぎ取ったのと、構図としては、クリソツだと思う。あんなもん、誰が見ても、あんな大差で、アハマディネジャドが、ムサビに「勝った」なんて、ありえるか? 直前の世論チョーさでも、ムサビは相当、支持を固めておったから、ひょっとして、「1位」は、ムサビだった可能性はあると思う。イランのそれは、「仏蘭西のそれ」と、まったく同じ「2回投票制」なんで、てっきり、2度目の「血戦投票」になると、思っておったんだが、詳しい数字は忘れたが、アハマディネジャドが、得票率6割以上だったのに対し、ムサビが3割台だったかな。北朝鮮だの、ミャンマーならまだしも、もう少し、民度が熟しておる国で、あんな大差は、つかん。「開票作業の不正」なんて、あったに決まってる。モンダイは、どの程度、ソシキ的だったかだが、コイツは、相当なところでヤッておると思う。あの「センキョ結果の数字」を見て、マトモなブンヤだったら、「コイツは2課ジケン」だって、ピンと来るからな。「公式発表」を鵜呑みにして、「現職再選バンザイ」なんていう社セツを、ジャンジャンと書き飛ばしておる、ニッポンの大シンブンも、ホンマ、アタマがイカれておるんだよな。あの「田中宇」に至っては、「(センキョで)不正があったかどうかは、重要ではない」なんて、言い切ってる始末だ。バカも休み休みにしろってんだ。
ワシに言わせれば、「2課ジケンの華」ってのは、サンズイと並んで、「センキョ違反」なんだな。サギやギョーヨコ、ハイニンなんてのは、単なる「カネの移動」に過ぎんからな。ちょうど、この春の北九州市議センキョで、福岡県警の2課が、例の「不正投票ジケン」を摘発したが、まさに、アレと、ジケンのスジとしては、今度のイランの大統領センキョ、さらには、2000年の亜米利加の大統領センキョも、同じようなものだ。「投票結果の真実」をねじ曲げることこそが、「民主主義の否定」であるのに、そうした不正に目を瞑り、「そうした不正投票があったかどうかなんて、重要ではない」なんてことを、平気で吐く人物が、いやしくも「ジャーナリスト」なんて、名乗れるのか? こうした「権力ハンザイ」に挑んで、「真相を、世に明かす」ことことそが、「ジャーナリズムの王道」ぢゃないのか? バカも休み休みにしろ! ニッポンでも、こうしたシンブン社、ジャーナリストなんて称する連中が、イカれまくっておるから、イランのあんなデタラメ選挙に対して、シャープに切り込む報道が、この国でも皆無なんだ。
#そのイランの「デタラメ大統領センキョ」に関連して、ワシ、イマイチ、よく、わからんのが、あの「革命ボーエイ隊」だな。アレは、いったい、何なんだ? ケーサツと軍ブをごちゃまぜにしたような、まあ、要は、「ハメネイの僧兵」か? 軍隊とも違うんか? ニッポンの自衛隊みたいに、「父なし子」みたいなもんなのか? やけに中途半端だよな。コイツは、竹橋周辺で営巣しておる、「なるほどトリ」に聞いてみんとアカンな(笑)
あと、もっと、ようわからんのは、亜米利加の共和の上院ギインをヤッとる、グラムなんていうのが、今度のイランのセンキョの対応について、「小浜は、臆病で弱腰だ」などと抜かしておるが、そんな言うんだったら、オマエんところのブッシュ倅が、2000年にゴアと張り合った際の、「フロリダ州の再集計中止」によって、イカサマで大統領の座を強奪したことは、どうなんだ? アレは、そのまま集計しておったら、フロリダはゴアが取っておったんで、大統領当選はゴアだったんだ。あのときは、ブッシュ親父のポン友であるベーカーが、フロリダに入り込んで、手管を使い倒して、再集計を止めさせたんだが、ヤッとることは、あのハメネイのジジイと、クリソツぢゃないか! モサド、何、ボヤボヤしとるんだ? あのハメネイのジジイをさっさと拉致してだな、キューバのグアンタナモに連れて行かんかい、このド阿呆が!
それでだな、ハメネイにもちゃんと、水を飲ませてやってだな、今度のセンキョの票の集計で、「どういう指示」を出したのか、きっちり、吐かせろ! で、ついでなんで、一緒にべーカーの身柄も取ってだな、ハメネイのジジイと2ショットで、ハーグの特別法廷にでも、キソしろ! こんなもん、「2課ジケン」としては、重大かつ、否認しとる事案だから、「在宅」で済ますなんて、ありえんからな。ジャンジャンと関係者の身柄を取ってだな、ガサをかけまくらんことには、証拠隠滅してしもうからな。要は、「権力ハンザイ」なんだから、こんなもん放置しておったら、コクサイ社怪のいい物笑いの種になる。「イランは、あのミャンマーやパキスタンぬあんかと、同レベルぢゃないか」ってな(笑)
#で、そのイランってのは、「センモン家怪議」(定数86)ってのがあって、ココが、「サイコー指導者」の選出、罷免の権限を持ってて、で、この「議チョー」が、「ラフサンジャニ」なんだってんだよな。ってlことは、「議チョーの裁定」で、ハメネイのクビを切れるってことなのか? おそらく、細かい規定とかあるんだろうが、ワシはペルシア語の読み書きができんから、そのへんの「機微」が、わからんのだな。あと、また、よくわかんねえのが、最終的に今度の大統領センキョの結果を発表するのは、「護憲ヒョー議怪」ってところなんだが、ココが、ハメネイのジジイんとこに行って、当初、その最終確定の発表を「6・24」としておったのを、「5日間、延期したい」と言って、「ハメネイの了解を得た」ってんだよな。やっぱり、ハメネイが「選管委員チョー」みたいな役割をしてるんだな。だからだな、手続き的には、ラフサンジャニが本気で動けば、イランは「政局」になるんだな。で、今、そのラフサンジャニが「ダンマリ」を決め込んでおるってことで、「ぬあんぬあんだ?」と訝っておるってことなんだが、そんなもん、アタリマエぢゃいか。「娘」だったかな、親族の身柄を当局に「拘束」されてるんだろ(笑)。しかし、ここで、ラフサンジャニの娘とやらに、連中が「手」を出して、本気で怒らせたら、おそらく、引っ繰り返るんだろうなあ。
ここで、シラクが大統領でおったら、「イラク戦争不参加」というフリーハンドもあるんで、「カクメイ後」の「リケン商売」とも、うまいこと絡めつつ、いろんな工作を仕掛けてるんだろうが、猿なんで、何をしとるかと思えば、EUギカイの議員センキョを受けて、ナイカクをいじくり回して、例の「女べラミ」こと、司法ダイジンの「ダチ」をクビにして(後任はアリヨマリか)、ストラスブールに「追放」しとるんだからな(笑)。ダチは、もう、パリにはおらんでええってことなんだな。
しかし、このイランの「体制のしくみ」ってのも、よくわかんねえっていうか、要は「政教イッチ」ってことか? だったら、どこぞやの、さるエライお方(=IKEDAMON大先生)んとこと、どう違うんだ? ハメネイのジジイが、事実上の「大統領の任免権者」ってことは、大先生が、鶴の一声で、太田昭宏のクビを飛ばせるのと、同じだからな。たぶん、向こうも、お布施や浄財なんかは、全部、非課税で、まるまる坊主の懐に入ってるんだろうなあ。たぶん、ハメネイのジジイなんて、テヘラン郊外あたりの大豪邸に住んで、カネも溜め込んでおるだろうから、そういうのをネットで、ジャンジャンと公開せんと、インパクトねえよなあ。相当、ドルなんか溜め込んでそうだよなあ。
#で、身柄を取られたラフサンジャニの娘ってのは、「ファエゼ・ハシェミ」とか言って、抗議行動に参加しておったところ、「デモを扇動した」ってことで、タイホされてるってんだな。そのラフサンジャニの嫁ハンのエファトってのも、「もし、センキョに不正があれば、街頭に出て、抗議を行うべきだ」って、顔出しで喋ってるってんだな。あと、ムサビの嫁ハンの、「イランのミシェル・小浜」こと、「ザフラ・ラフナバルド」も、なかなか凄い演説をしておったからなあ。仏蘭西カクメイもそうだったが、こういう「大政局」では、オンナが立ち上がって、日和見的なコウモリ飛行しとる、オトコのケツを叩きまくってんだよなあ。でも、イランのオンナって、独特のエキゾチスムっていうか、また、他の国とも違う、妙なオンナの魅力があるよなあ。でも、オトコの浮気がバレたら、イランのオンナは怖そうだな(笑)。ベルルスコーニんとこの、イタリアのオンナだと、「家族に、マフィアがいないことを祈ろう」が合言葉だが、イランだと、ニッポンのアベ定みたいに、チ〇ポを刃物でいきなり、チョン切りそうだよなあ。連中のことだから、拘置ショあたりにおるだろう、ラフサンジャニの娘に、水とか、飲ませそうだよな。しかし、そんなのが、表ザタになった日には、「ぬあんだ、イランにも、グアンタナモがあったぢゃないか!」って、コクサイ社怪の、また、物笑いの種になるからなあ。
#しかし、今朝(6月27日)のアカハタの1麺で、野中広務が、「顔出し」で喋っておったのには、ビックリしたなあ。代々木・共産党っていえば、かつて、京都府知事・蜷川虎三を担ぎ出した総元締めで、その蜷川追い落としを図るべく、野中は、「同和リケン」をエサに、その牙城を切り崩し、実質的には、野中が、蜷川のクビを取って、引退に追い込んだようなもんだからな。そんな、かつての「天敵」のキカン紙に、エビス顔丸出しで、アレコレと喋ってるんだからな(笑)。ぬあんだか、かのイケダモン大先生が、丸ハム越しに、ミヤケンと、「信濃町&代々木」が、「直」で握手した、「74・12・28」の、あの「創共キョウテイ」を彷彿とさせるなあ。そういえば、戦前、「日独伊・防共キョウテイ」なるものがあったが、コイツは、「防共」ならぬ、「抱共(ほうきょう)キョウテイ」か? 「昨日の敵は、今日の友」か。いかにも、野中らしい、わかりやすい行動だな(笑)
#しかし、イランの「インチキ大統領センキョ」に対する、「票の数え直し要求」について、ハメネイのジジイは、徹底的に、その、ぬあんだ、「カクメイ防衛隊」とかいう、「暴力ソーチ」を使い倒して、「口封じ」をするハラなんだな(笑)。その革命ボーエイ隊ってのは、軍ブの一組織なのか? ぬあんか、何かのリケンと癒着して、甘い汁を吸ってそうだよなあ。しかし、革命ボーエイ隊が、軍ブの一部門であるとするなら、軍隊ってのは、「外国の敵に対して、祖国ボーエイのため、攻撃する」ってのが、その役割だが、今回は、自国民である、イッパン市民に向けて、発砲して、殺してるんだろ? ん、ぬあんだ、コイツは、かの「天安門ジケン」と、クリソツぢゃないか! そういえば、20年前も、「ジンミン解放軍」が、その「中国ジンミン」に向けて、銃を乱射して、殺しマクりんスキーをヤッとるんだからな。ん、ぬあんだ、コイツは「イランの天安門ジケン」ぢゃないか! こんなミャンマーみたいなことをヤッとるんだから、コクサイ社怪は、もっと、ハメネイのジジイを叩きマクっていい。何が、「内政カンショウ」だ。この本質は、「民主主義のモンダイ」なんだ。腐った政治を糺すため、体を張ってタタカッておる人たちをサポートするのに、国境もクソもあるかってんだ、このアホンダラが!
#昨日(6・28)投開票の、ヨコスカ市チョーのセンキョ、コイツもビックリしたなあ。「自公+民」で、さらに、コイズミまでも応援に回ってくれた現職が、まだ、あんな「あらサー」の無所属に、負けるなんてことが、あるか? それも、あんなヨコスカみたいな、チョー保守的なところで、だぜ。コイツが、キン妻とかがウヨウヨしてる、江田けんじの地元の、東急・田園都市線の沿線のセンキョ区だったら、まだ、わかるんだ。だから、コイツも、いよいよ来てるなあ。で、コイツを、今度の「インチキ・イラン大統領センキョ」になぞらえるとだな、開票の途中で、「現職敗北」という線が出てきた途端、開票作業を止めさせて、その負けそうだった現職候補を「勝った」ことにしたんぢゃないのか? レフリーがグルになって、両肩がマットに付いておらんのに、勝手に3カウントを入れて、"勝者"にしてしもうたんだろ。選管が現職陣営とグルになって、集計作業を止めさせ、「本当は、あらサーの吉田雄人クンが勝ってたのに、蒲谷亮一候補が、ヨコスカ市長に再選しました」って、言ってるようなもんだろ。こんな出鱈目を許しておったら、あとは、政権を交代させるには、クーデターか、武装蜂起しか、選択肢はないぢゃないか。そんなもん、最早、パキスタンやミャンマーのレベルぢゃないか!
#そうか、ラスプーチン、サイコー裁は、昨日(6・30)付で、上告キキャクのケッテイを出したのか。今日(7・1)の午後になって、情報が飛び交っておったようだな。まあ、執行猶予が付いておって、同じ国策ソーサでも、実刑を食らった三井環のオッサンと違うて、ムショに収監されるわけでもなし、実質的には、「無罪」だよなあ。まあ、ゲスの勘繰りだが、あのジム次官をしておった、「村田良平」とかいうジイサンの、各紙横並びの「顔出し発言」とリンクしとるんだろうなあ。隼町みたいなところは、一番、「バランス」を重視するからな。そんなことは、「中」におって、ラスプーチン自身が、よう知っておるよなあ。で、有罪がカクテイすると、外務ショーは首になるのか? でも、「外務ショー職員」っていう、「足枷」が外れるんで、逆に、「表現者」としては、もっと、カゲキに、好きなことが言えるようになるよなあ。
