大スクープ! コレが「最高裁の裏金」捻出のカラクリだ!(承前) |
#今朝(11月20日)の朝日が、守屋のキャリアの同期でもある、太田述正(元仙台防衛施設局長)の証言として、額賀のおやぢが内閣官房副長官時代の2000年3月、同局発注の工事に関して、「山形県内の建設会社を指名に入れるよう、守屋を通じて口利きがあった」とのネタを1面のアタマで書いておったが、この話はヨミも既に掴んでて、即、この日の夕刊で追いかけておるんやな。しかし、ヨミは知ってて、わざと書かんかったのか? それとも、朝日も取材しとるってことを、ヨミは知らんかったのかなあ? それとも、現場は「字」して出しておったが、「デスク」の段階で預かりになっておったんか? ぬあんか、ヨミはビックリして追っかけたってカンジやな。しかし、額賀はアカンのう。額賀サイドは「そうした口利きの事実は、一切ない」と言っておるが、これがもし、「ウソ」だったら、オシマイやないか(笑)。コレはやっぱり、いずれかの段階で、福田は額賀のクビを差し出さざるを得なくなるだろうなあ。で、小沢に鳩菅は何しとるんや! 額賀の証人カンモンだろうが! どうせ、オマエら税金で食ってんだから、少しは「政治ショー」を払税者に楽しませんかい!
それはそうと、守屋の証人カンモンの際、後ろでアレコレと指示しておったヤメ検弁護士の山田宰を付けるよう、手配したのは、ぬあんと、「タッコウ」か(笑)。いよいよ、ジケンになるってことで、「カネになる」ってんで、ヤメ検連中も動き出したな。ほいで、元専務を刺した山田洋行側の代理人の法律事務所には、三井環のオッサンを口封じタイホするよう指示した、「元祖・悪の独裁検事総長」こと、「原田明夫」がおるんやな。で、タッコウはタッコウで、東京チケンの検事正時代の、「チョーカツ湯水のごとく使い倒し」は、内部でチョー有名な話だからな。ほいで、例の「則定モンダイ」のリークの元は、「タッコウである」との説が、赤レンガの内部では今なお囁かれておって、それがホントかどうかはワシにはわからんのだけれども、ただ、そうした「ウワサ」が出てくる理由として、タッコウはノリサダ、さらには原田を追い落とし、「ソーチョウ」を狙っておったということなんだよな。少なくとも、ノリサダが失脚した99年4月の時点において、当時、東京チケン検事正だったタッコウは「ソーチョウの芽」があったと、前に三井環のオッサンと酒を飲んだとき、言っておったしな(ちなみに、その時、原田はホーム省のジム次官)。オモテのジケンの動きとは別に、ウラでは「タッコウvs原田」のバトルが、再びゴングを鳴らしておるんやな(笑)。しかし、タッコウは、どう、ジケンを「まとめる」んかなあ。まあ、サンズイで身柄を取られたにしても、その日本ミライズの代理店ケイヤクの件だけで済めば、執行猶予は付くと思うんだけどな。それとも、「全面否認」で無罪を争うのかなあ。ヤメ検同士も、意外と「現役時代」のライバル心は引きずっておるみたいなんだよな。
で、昨日、たまたま三井環のオッサンと電話で喋った際、ワシが「モリカズも、今や、大ベストセラー作家として、有名になったことだし、モリカズとチョーカツのことで、ジャンジャンと対談すれば、いいじゃん」って言ったら、オッサンは「それはアカン。だって、モリカズはヒラしかやっておらんから、チョーカツのことなんて、何も知らんからな」って言っておったからの(笑)。確か、モリカズの方が、三井のオッサンより1期上なんかな。でも、2人とも「関西」だから、顔と名前くらいは知ってるし、庁内のカイギで一緒になったことはあったとは言っておったけど、いわゆる「同じ釜の飯を食った」というツナガリではないみたいなんだよな。あー、やっぱり、ウラ取ったら、ちゃんとモリカズは三井のオッサンの1期上だ。三井のオッサンは「24期」やから、じゃあ、モリカズは「23期」か。モリカズは大阪の特捜が長くて、そこで独自ソーサを手がけておったが、三井のオッサンはヒラも含め、副部長、部長でも大阪の特捜自体は経験しとらんのだよな。ただ、田舎の弱小地検でありながら、凄まじい数の特捜案件を上げておるんだよな(特に高松時代)。しかし、「関西検察が生んだ、特捜の星」といえば、いずれにしても、「この2人」になるな。だから、余計、ヤクショを辞めた今でも、何気にお互い「ライバル心」があるんだな。
#少し、ヒマダネチックな話になるが、鈴木紅琢磨のオッサンが出した『金正日と高英姫━平壌と大阪を結ぶ「隠された血脈」』(イースト・プレス、05・4・28)と、『テポドンを抱いた金正日』(文春新書、06・10・20)に、ざっと目を通した。後者の文春新書の方は知っておったが、前者のイースト・プレスからの奴は知らんかった。文春も「いきなり」は出さんだろうから、イースト・プレスの本があって、「2冊目」の文春新書につながってるってカンジだわな。
で、ワシ、「北」のことについて、全くのド素人で、このオッサン本を読んで、偉大なる将軍サマに、(少なくとも)4人の嫁ハンがおって、そのいずれにも子供がいるってのを、今回、初めて知った。そやから、去年の6月にドイツでエリック・クラプトンの公演を見に行っておった「正哲」と、そのこの前、パリに出没しておった「正男」とは、「母親」が違うんだな。その紅琢磨のオッサンが自分の本で取り上げた高英姫は、その「正哲」の方の母ちゃんなんだな。その高英姫が、大阪は鶴橋界隈の猪飼野出身の在日朝鮮人で、元は「踊り子」だったのが、正日に見初められて、嫁ハンになったっていう、まあ、「数奇な運命」だわなあ。紅琢磨のオッサンの勘にピンと引っかかるネタだったってのは、よくわかるな。それと、オッサンの出た大阪外大(朝鮮語学科)が、その鶴橋から程近い、天王寺の上本町8丁目にあったってのも、「へえー」だな。確か、大阪外大って、箕面の山奥にキャンパスがあったハズだから、オッサンの頃は、まだそっちにキャンパスがあったってことなんだろうな。ワシも大毎で高槻駐在に1年半おったから、向こうの地理も多少は知ってる。それで、学生の頃も、鶴橋の安い焼肉屋に入り浸って、酒を飲んだくれておったというわけやな。
で、この2冊を読んだ印象では、イースト・プレスから出した方が、やっぱ「濃い」なあ。文章がコテコテしとる。結局、オッサンにとっては、コイツが「処女作」ということになるわけか。ただ、オッサン的には、「朝鮮モンダイ」も、自分の執着するテーマとしては、「ワン・オブ・ゼム」でしかないんだよなあ。もちろん、それなりに好きだろうし、こだわっているとは思うが、結局、コイズミ訪朝以降の、例の「拉致バブル」にうまく乗っかったってカンジだな。ま、そんなこと、ワシなんかに言われるまでもなく、本人がいちばんよく承知しとるだろうがな。ま、そのおかげで、小遣い稼ぎの「コメンテーター」のバイトにもありつけたことだし(笑)、いわば、「電波ゲイシャ」として「虚名」も売れて、それはそれで「ヨシ」とすべきなんだろうなあ。
ただ、しかし、北朝鮮も、ホンマ、「人治主義」による、トップダウンの「シャルル・ド・クサイ」なんやな(笑)。ワシが「おたく研究」の対象としておる、「信濃町丸ハムファイターズ」と、クリソツやなあ。やっぱ、「さるエライお方」同士、イケダモン大先生と、いろいろと似てると思ったな。なぜか、体型も似とるしの。「神格化」のプロセスとか、「へえーっ」と思うぐらい、クリソツで、「ドクサイ」ってのは、洋の東西を問わず、「共通のシステム」が存在するな。
#今日(11月21日)発売の文春が、その「長井健司ミャンマー派遣のウラ事情」について、続報を書いておったが、記事を読みながら、ふと、思ったことだが、案外とコレは「待遇」というか、「カネ」(=給料)のモンダイがあったんかなあという気もする。生きていくうえで、「糧」は必要だし、奇麗事ばっかも言っておられんしの。ただ、ワシ、現地の状況とかはよくわからんので、思いつきでしか言えんが、でもあの「ミャンマー情勢、緊迫化」のタイミングで、APF通信代表の山路徹が、自分のオフィスに所属する長井健司に対し、「ミャンマーに入ってくれ」という指示を出したのは、当然だと思う。仮にワシが山路と同じ立場であったとしても、同じ指示を出している。しかし、「本人死亡」という事実が余りにも重いので、それを前にしては、なかなかコトバが出てこなくなるのだけれども、やはり、今回のモンダイの最も重要な点は、この1人の「日本人ジャーナリストの死」によって、あのミャンマー軍事政権の「非道ぶり」が、白日のもとに晒されたことだと思う。これだけは間違いない。確かに、あの北朝鮮も、無辜の一般市民を力ずくで拉致するといった、無茶苦茶をやりまくっておるが、でも、自国内に取材にやってきた外国人記者に対して、自国の軍隊が発砲し、殺害するなんてことまでやっているか? ワシは、そこを問いたい。やはり、ミャンマー軍事政権は、今回の件で、とてつもない「宿業」を背負ったというか、「ペン」を敵に回すということが、どういうことを意味するのかを、徹底的に思い知らせてやらなければならない。残された、我々同業者が「もって瞑すべし」は、まさに、そこではないだろうか。
#額賀のおやぢが、今日(11月22日)の参院財政金融委で、守屋がカンモンでバラした、ミシュラン3ツ星料亭での、山田洋行元専務同席のセッタイについて、「仮に守屋の言うことが万が一、あったにしても記憶にない」「当時の日程、クルマの運行記録などを丹念に調べた結果、同席した記録も記憶もない」か(笑)。しかし、ここまで来ると、本当に見苦しいな。この答弁を見る限りにおいては、額賀のおやぢも、当時の日程などを「丹念に」ではなく、「徹底的に」調べ上げれば、ひょっとしたら、「後」になって、ひょっこりとショーコが「出てこない」とも限らないんだな。で、それをもとに、「記憶」が、万が一、復活する可能性もあるのか(笑)。やっぱり、経世怪だけに、しぶといな。あの日歯連からの1億円の小切手ヤミ献金ジケンで、橋龍に野中、青木らが、「会席の場におった、おらん」で大騒ぎしとったのを思い出すなあ。橋龍は、しかし、1億円もの小切手を貰っておいて、「記憶にない」とのたまうほどの、すさまじいまでの「忘却能力」を持っておったからな。さすが、そのあたり、額賀のおやぢも「経世怪のプリンス」と言われるだけあるな。
それと、抜いたのは昨日(11月21日)の朝日の夕刊か、で、今朝の各紙も後追いしておったが、守屋の還暦祝いに、元専務が「現金20万円」を渡していたとの供述だが、こんなもん、「あいさつ代わり」というか、 小遣い、ハシタガネもいいところだからな。だから、この元専務も、だいぶ喋っておる可能性があるよなあ。あと、詰めは「対価としての賄賂」を何で認定するかなんだよな。ちなみに、98年11月に東京チケンが摘発した調本のサンズイだと、元調本副本部長・上野憲一に対する「賄賂」の供与について、「事後収賄」(=刑法第197条の3)を適用し、退職後に天下った先の顧問料(=給料)をワイロと捉えているんだよな。コイツはなかなか「うまい」と思ったのは、要するに、こうしたボーエイの商売なんてのは、「天下り」をどれだけ受け入れるかが、「受注決定とセット」になっているんだからな(笑)。だから、そういうリケンにディープに食い込んでいる、「カネの流れ」をうまく見極めることだろうなあ。でも、元専務は「握りガネ」を守屋に掴ませておると思うがな。ただ、あったとしても、そのネタは、チケン担当もなかなか抜けんと思うがな。だから、どっか書いておったな、その元専務が日本ミライズを立ち上げて、金策に走り回っておるときかな、「守屋が退職した後は(スグには無理だが)、ウチの社長になります」と言っておったという話は、ものスゴイ「スジの話」ではあるんだよな。
#おっ、モリカズ、「BOSS」とかいう、ザイカイのケーエイ者向けの月刊誌の08年1月号で、いろいろと喋っておるやないか。モリカズは、ムナカタとはウマが合うのか? しかし、ムナカタがいろいろと喋り始めたら、コイツはオモロイ展開になるなあ。ムナカタは高松の検事チョー時代、例の01年10月28日の東京は麹町の後藤田ジム所における「小泉&原田蜜談」を受けて、その直後に招集された検事チョー会同で、刑事告発されておった、その加納駿亮の高知チケン検事正時代のチョーカツ流用ジケンについて、原田から「シロにしろ」と命令されたことに、ムナカタは「それはおかしい」と食ってかかって、噛み付いておったからな。しかし、ワシ、思うのだが、ムナカタが東京チケンの特捜部長におったとき、ウワシンに「小針暦二からリンゴ箱を貰うた」と書かれたことに腹を立て、別件で岡留のオッサンを名誉キソンで在宅キソしたが、じつはアレこそ、ひょっとしたら、「赤レンガ中枢」からのリークだったのかなあ、という気がする。つまり、ウワシンとムナカタをケンカさせることで、ムナカタを「ソーチョウ・レース」から引きずり下ろすことはできるからな。実際、アレでムナカタは、高松、ほいで名古屋の検事チョーで終わってしもうたもんなあ。だって、「りんご箱がどうのこうの」なんて、チョーカツなんかに比べたら、ホンマ、どうでもいいレベルの話だからな。そうか、ムナカタは特捜部長時代、金丸信の脱税ジケンに、仙台、宮城のゼネコン汚職を指揮しとったんだな。
#今朝(11月24日)の毎日の北京電が、その「北の偉大なる将軍サマ」の後継に、その鈴木紅琢磨のオッサンが、イースト・プレス本で取り上げておった、猪飼野出身の在日の踊り子、高英姫との間に生まれた正哲が、今年に入って、「党の組織指導部の副部長」に抜擢されておったことが判明したという話から、「後継に最有力」と打っておったが、まあ、まったく「火のないところに出た煙」でもないんだろうなあ。で、その高英姫は既に「2004年6月」に死亡しとるのか? その紅琢磨のオッサン本では、「英姫死亡」は、完全にウラが取りきれておらんようだったからの。その後に「公式発表」でもあったんかいな? ただ、その「放し飼い状態」の正男に比べて、正日のおやぢは、正哲に並々ならぬ愛着を抱いておるのは、なんとなくわかるなあ。前にクリステルんところが、ドイツでエリック・クラプトンの公演を楽しんでおるところを、バッチリ、隠し取りしておったが、全然、「男前」だよなあ。顔立ちは、母親に似とるんかもしれんな。ただ、そのOAの直後にあの「テポドン発射」やったから、相当、おやぢの思い入れはあるんだろうな。ただ、これはどこぞやの、「さる偉いお方」もそうだが(笑)、「世襲批判」は、ものすごく気にしとるからな。そういう「コクサイ世論」に対する観測気球もあるんかもしれんの。
#昨日(11月24日)の昼前に、福岡県は大牟田市の病院前で射殺されたのは、九州誠道会系村上一家の幹部の、古賀茂喜だったのか。この古賀という男が、村上一家内において、具体的にはどういうポジションだったかはわからんが、少なくとも、外から見る限りにおいては、九州誠道会のトップ(=村神長二郎)を輩出しとる直系組織の構成員やから、「狙い」は外しておらんわけだろうな。さすがに、道仁会も「2度」もしくじったら、九州だけでのうて、全国のヤクザ組織の笑い者となるところだっただけに、ここらできっちりと「タマ」を取り返しているあたりは、大したもんやな。九州というのは、気質的に「独立自尊」の気概が強いというか、とりわけ、その中でも、博多、肥後、薩摩のオトコってのは、「雄雄しさ」が強いようだが、同じ九州でも、こっちの玄海灘の方のラインは、「菱の占有率」が、反対側の大分、宮崎なんかよりは、全然、低いんだよな。だから、菱も九州を「武力」だけで完全に傘下に組み込むってのは、なかなか大変なことやと思うなあ。
で、ワシは、この九州のドンパチを尻目に、この10月から11月にかけて、菱の中枢で起こった、「岸本才三引退→清水武の岸本組2代目継承・直参昇格→中四国ブロックの池田孝志(池田組組長)の若頭補佐昇格と同ブロック長昇格→大阪中ブロックの消滅」という、「一連の人事」の意味するものは、何なんだろうと、ぼんやりと考えていた。ま、このテの話は、ワシなんかでのうて、溝口敦が書くべき話なんやが、その「岸本才三引退」に伴って、その清水武が岸本組の2代目を継いで、「直参」に昇格したということからだが、「菱」の場合、「直参」とは、本家の組長と、その傘下の親分とが「親分と子分」(もしくは、「兄貴分と舎弟」)の「契り」を交わすため、「盃」を交換する儀式をもって、初めて「成立」するもんなんだよな。で、そうやって、本家のトップの「直参」となった親分は、「菱の直系組織」として、晴れて「菱」の代紋を公然と掲げて、いわば「2次団体」としての証を立てられるということになる(それゆえ、「1次団体」は、「菱の本家」となる)。
で、05年7月末に「クーデター」が起こって、菱の本家のトップは「5代目」(=渡辺芳則)から、「6代目」(=司忍)へと交代したんだが、それに伴って、約1ヵ月後の8月27日に、「盃直し」をちゃんとやって、「6代目」を襲名した司忍は、「5代目時代」に直参となった親分連中とも、改めて「盃」を交わしてるわけや。ところが、司忍は、その銃刀法違反事件の実刑判決が確定して、05年12月のアタマに、自ら出頭、その後、収監され、今は府中におって、娑婆にはおらんわけだから、その「直参昇格の証」である、本家のトップとの「盃交わし」を、いったいどうやっておるんだろう、というのが、ワシのそもそものギモンなんだよな。
で、その「直参昇格の条件」やが、コイツは例えば、大相撲の横綱昇進みたいに、「大関で2場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績を挙げた者」といったような、明文化された規定があるわけでもない。もちろん、シノギ(=上納金)は必要条件だが、でも、それだけで全部、OKかというと、そうでもない。ただ、岸本組の場合は、岸本才三という「直参組長の引退」に伴うものだから、その場合、その跡目を継いだ者が、基本的にはそのまま直参に昇格するのだが、ここで重要なポイントがあって、本来であれば、引退する組長が「後継指名」するのがスジなのだが、今回のケースを見てみると、どうもそうではないんだよな。
そして、「直参昇格」するには、さらなるハードルがあって、当該直系組織が「跡目」を決めたとしても、その後、「所属するブロック長の推薦」、さらには「最高幹部会での全員一致の推挙」、そして、「当代(=現在では6代目、すなわち、司忍)の承認」が必要で、そやから、「直参昇格」ってのは、そんなに言われるほど、簡単なもんではないんだよな。
で、今回の場合、その「ブロック長の推薦」という部分を取り出してみると、岸本組は「阪神ブロック」の所属で、そのブロック長は、「4代目山健組組長・井上邦雄」だから、その清水の「2代目襲名式」に井上邦雄が立ち会いしとる点からしても、「井上マター」の人事だったことは、疑いの余地はない。
ただ、ワシ、ようわからんのは、この一連の「人事」に合わせて、「大阪中ブロック」を消滅させて、「大阪北」と「大阪南」にそれぞれ、分割、編入させたってことなんだな。もともと、この「ブロック制」とは、「5代目体制」の発足に伴って導入されたものではあるのだが、ただ、この「大阪中」ってのは、ミナミという、最大のシノギのシマを持っとるエリアで、太田会、2代目宅見組といった有力組織がひしめき合っているわけだし、敢えてそういうエリアを管轄するブロックを消滅させる必然性が、感じられんのだよな。だから、本来であれば、中四国ブロックのブロック長代理でもあった岡山の池田孝志を若頭補佐に昇格するのと合わせて、同じ大阪中ブロックのブロック長代理だった大原宏延(大原組組長)を「幹部」から「若頭補佐」に昇格させて、執行部入りさせるよう、人事を動かしていれば、収まりはついたとは思うのだが、そうはならんかった「機微」については、ワシのレベルではのうて、溝口敦や実話系媒体の極道担当記者が取材する範疇やな。
それと、ワシの素朴なギモンやが、その「大阪北ブロック」のブロック長を務めている若頭補佐の寺岡修(侠友会会長、洲本)は、なぜ、「2代目侠友会」と、「2代目」(もしくは3代目?)を名乗らんのか、不思議なんだよな。その「前」の「侠友会」の会長である鶴城丈二は、02年11月25日に東京駅近くの富士屋ホテル前で、亀谷直人(当時、山口組系2代目佐藤組内六甲連合会長)に射殺されとるんだよな。この亀谷は言わずと知れた、あの腐れ検察と結託して、三井環のオッサンをハメた張本人やからな(笑)。で、ワシも同じことを何度も繰り返しておるが、この鶴城は当時、3代目山健組においては、「東京責任者」という立場で、例の桑田兼吉保釈コーサクで、あのキツネ目のおやぢ(=宮崎学)の仲介で、亀谷と会うとるわけだからな。しかし、あの「2億円」はいったいどこに消えたんかいな? 亀谷がいくらか抜いておるのは、間違いないようなんだが、その「額」がいくらだかは、さすがにワシもウラが取れておらん。そのカネは、その亀谷の愛人というか、鶴城を射殺して現行犯タイホされた後に、いちおう、入籍はしとるんかいな? ま、その愛人が「預かって」おるらしいけどな。で、その愛人が住んどる場所が、大阪府下の「大阪南ブロック」の管内らしいな。
