資本主義にある本質としての「格差創出」(その5) |
もちろん、マルクス、レーニン主義の立場からすれば、こうしたルソーの思想も「ブルジョア的」であるとして、批判というよりは、抹殺(?)の対象となっていますが。
ルソーの政治思想というと、一般的には、『人間不平等起源論』に始まり、『社会契約論』でもってほぼ完結してしまっているため、この『政治経済論』は等閑視された格好となっています。確かに、前2作については、現在も岩波文庫(青帯)に収録されているため、気軽に読むことができますが、この『政治経済論』については、1951年に第1刷が刊行され、その後、しばらくは版を重ねていたようですが、現在では絶版状態のため、入手するには神田の神保町を歩き回るか、もしくは、図書館で借りるしかありません。
かくいう私も、偶然、図書館で発見し、コピーしたものしか手元にありません。その意味では、ルソーのこの『政治経済論』は、今となっては、「忘れられた著作物」となってしまっています。
で、この『政治経済論』は、ルソーの著作でいうと、『社会契約論』と表裏のセットになっているといっていいと思います。
書かれた時期としては、『政治経済論』の方が先で、その後から『社会契約論』に取り掛かっていますが、わかりやすく例えるなら、『社会契約論』がいわば「総論」、そして、『政治経済論』がそこから具体的に敷衍した「各論」になっています。ですから、この2冊を「ユニット」として併せて読むと、ルソーの「政治思想」であり、さらには「革命思想」が、よりはっきりと理解できます。
話は少し逸れますが、かつてアカデミズムにおいて、ルソー研究といえば、仏文学者の桑原武夫を筆頭とする京大人文科学研究所が、そのメッカでした。例えば、経済思想の河野健二(経済学部教授)はその弟子筋にあたり、この『政治経済論』の翻訳も手がける一方で、岩波あたりからも優れた研究論文集を出していたのですが、いつの頃からか、こうした「京大リベラリズム」の流れが消えてしまったような気がします。
かつて、私は高校生の頃、京大文学部が第一志望だったのですが、私が京大に憧れたのは、「官学の雄・東大」にはない、「在野精神」のようなものを、10代の少年なりに、それなりに感じていたからです。しかし、最近は、京大で目立つのは、佐伯ナントカとか、中西ナントカとか、経済政策的にも、思想信条的にも「右」の学者ばっかりで、「?」というふうに思うことがしきりです。
じつは、私の中では、あんまり、経済政策的にも、思想信条的にも、「右」か「左」かというのは、絶対的な価値判断の尺度ではありません。「どっちでもいい」というと語弊があるかもしれませんが、「多事争論」がアタリマエの言論活動において、いろんな主義主張があっていいというか、「あって当然」という立場です。
かくいう私も、つい最近までは、むしろ、小泉的な「規制緩和推進・ハードランディング的構造改革路線」にシンパシーを持っていた人間です(笑)。
後で少し触れることにもなるかもしれませんが、経済政策上における「自由」と「平等」は、概念としては、対立するというか、どちらか一方を重視すると、そのもう一方は犠牲にされるべき性質のものだと思います。
その意味でいうと、とりわけ、日本の戦後社会は極めて「ソシアル」だったと思います。よく言われてきたことですが、「自民党政権は、じつは社会主義政党である」という物言いに、そのことは集約されていたのではないでしょうか。
だって、ついこの間までは、「護送船団方式」ということで、政府の強い規制の下、業界が丸抱えで、「いちばん遅い者」に合わせて、「横並びで進む」というスタイルでした。私も物心ついてから、そういうシステムしか知らず、それがアタリマエだと思っていたフシがあるので、言うなれば、そうした「バカ平等」のシステムには、実は私自身が、ほとほとうんざりしていた部分がありましたので。
ただ、そうした「システム」は、じつを言うと、戦後日本の社会で、至るろころに存在していたと思います。
例えば、プロ野球のドラフト制度。最近では、まったく自由競争になってしまいましたが、一昔前までは、「ウェーバー方式」といって、下位の球団から優先的に希望の選手が指名できる制度でした。それゆえ、貧乏球団と揶揄されていた広島カープもリーグ優勝を遂げることができたのですが、最近はプロ野球から遠ざかっているので、全然、詳しい状況はわかりませんが、広島が優勝から遠ざかって、かなりの年数が経っているはずです。
それと、ドラフトと同じシステムということでいうと、公立高校の「総合選抜制」です。
これは、学区ごとに何校かの「学校群」に分けて、成績順に生徒をその学校ごとに振り分けていく制度です。ですから、生徒にしてみると、第一希望の「志望校」に合格できるとは限りません。
これによって、打撃を受けたのが、例えば、都立日比谷高校です。かつては「東大輩出の名門校」といわれていましたが、この総合選抜制の導入で、そういう流れが完全ではないにしても、相当部分、断ち切れてしまいました。石原慎太郎になってから、「ナンバースクールの復活」が叫ばれ、それが実施されたのは、「総合選抜制」という、いわば「左派路線」に対するリアクションという要因もあるかと思います。
ただ、人間という動物は、体験してみて、失ってみて初めてその価値がわかるというのか、こうした「小泉以降」の「規制緩和=自由競争バンザイ路線」の「影」というのか、「弊害」というのもはっきりと見えてきたように思えます。
それと、これは私という人間の性格の根本にある「へそ曲がり」「つむじ曲がり」とも言うべきものかもしれませんが、世の中があまりにも弱肉強食的な「ハゲタカ規制緩和路線」がアタリマエになってしまって、本来なら、こうした「右寄りの経済政策」(財政も含む)の弊害を批判し、是正していくのは、「左派」に所属している立場にいる人々であるはずです。ところが、そうした人たちから説得力のある切り返しがないのはもちろん、どうしようもないまでの「沈黙」しか見えてこないのです。
じつは、それがハッキリと見えたのが、この私の硬派ブログでも取り上げましたが、一昨年(05年)、小泉政権下で進められた、例の「障害者自立阻害法案」の問題でした。いわゆる、小泉ハードランディング的構造改革路線に便乗して、要は障害者の社会保障予算を大幅に削るということですが、もともと身体的な障害を持って生まれた人々が、健常者と比較したら、体力的なハンディがあってアタリマエで、そういった弱い立場にいる人々を支えるために、政府であり、自治体が存在しているはずなのに、そういう最低限度の責任すら放り出そうとしている状況に、この私ですら、「さすがに、それはないだろう」と思ったのです。
ところが、こんなひどい法案が国会で審議入りしているにもかかわらず、その問題点を取り上げたマスメディアが皆無で、その唯一の例外が、「右寄り」とされているフジ・サンケイグループのフジテレビだったというのが、私にとって「?」でした。これは本来、「左」に所属している人たちが、異議申し立てをし、是正を求めていく問題ではないのか。あのとき、朝日も毎日も東京も、新聞はすべて沈黙し、黙殺していましたので。
しかし、そういう「左」に所属している人たちは、こうした日常の「足元」の問題に目を向けることなく、気がつけば「ケンポー改悪反対」だとか、「9条は絶対に守れ」だとか、実に耳にキンキンとする声でがなり立てるだけです。
別に私は憲法問題がどうでもいいとは決して思いませんが、日々、日常の生活において、例えば、こうした「障害者自立阻害法」のような、トンデモない悪法の成立によって、生活の基盤が根底から脅かされてしまう人が、実際に出てきているわけです。私の頭ではどうしても理解できなかったのが、その障害者自立阻害法の問題でいうと、「障害が重いほど、負担が重くなる」というシステムでした。それを知ったとき、「小泉的規制緩和路線」には、基本的には賛成の立場だった私も、さすがに「それはあんまりじゃないか」と思いました。
「これはちょっとトンでもないところに来ているなあ」というのが、そのときの正直な実感でした。こうした潮流を切り返す何かを、いずれメッセージとして発していかないとだなあ、と思いました。それに対する、私なりのひとつの解答が、今回の拙文の連載です。(この項つづく)
