「抑止力」としての権力行使 |
というのは、凶暴罪も含めて、いろんな法案審議が衆院で膠着していることを受けて、「(与党は衆院で3分の2という)数を持っているということをしっかり示した方がいい」と、自民党の役員連絡会で発言したということです。要するに、「数の力で全部、強行突破しろ」とまくしたててるんですよね。
まあ、こういう発言をしてばっかりいるから、自民党の支持率は下がる一方なのですが(笑)、私は100歩譲って、衆院に議席を持っている小泉や武部がこういうのを言うのであれば、まだ、許せるんですよ。というのは、彼らは、去年秋に「郵政解散」に踏み切って、その血と汗の結果をもって獲得した議席ですから。
ところが、参院というのは、いちおう、二院制のタテマエからしても、相互チェックをすることで、「衆院の暴走」を食い止めるのが、その役割でしょう。もし、それを否定してしまったら、参院の存在意義なんて、ないじゃないですか(笑)。
本当だったら、「時間がないのなら、ないなりにきっちりとまとめ上げたうえで、参院に送ってほしい」と言うのが、スジですよね。要するに、「自分たちは衆院のカーボンコピーなんだ」と自ら認めているんですよ。青木は本当に「言ってはいけないこと」を自分の口で言ってしまったのです。これでは「参院の自殺行為」そのものです。「良識の府」が泣きます。彼も、もう「自分の権力(=しがない参院議員会長の椅子)を維持する」ことしか、頭にないんですよね。本当に終わっています。
こんなことを言ってるようでは、必ず、間違いなく、来年の参院選は負けます。おそらく、腐れ法務・検察と同様、有権者を完全にナメ切っているから、こういう発言が出てくるのですよね。
私なりに、時々、「権力を行使する」とは何か、ということを閑にまかせて考えたりもしますが、そこで大事なことは、まあ、ありていの表現ですと、「チェック&バランス」ということだと思いますが、もう少し噛み砕いて説明すると、「抑止力としてのブレーキの役割を果たす」ということではないか、という気がしてます。
今や、「国策捜査」や「ファッショ」という言葉は、腐れ検察の枕詞にすっかりなってしまいましたが、少なくとも、私が知っていたかつての検察庁は、「抑止力としての権力行使」ということをちゃんとわきまえていました。
それは、この前、三井環のオッサンと酒を飲んだとき、「どうして、加納駿亮と仲が悪くなったのか」という話をしたとき、彼が大阪高検のヒラ検事のときに担当したある事件の処理を巡ってだ、というふうに聞かされました。
その事件は、96年秋に京都地検が摘発した京大病院の臨床治験を巡る汚職事件で、当時、三井のオッサンは大阪高検のヒラの検事として、京都地検の担当をしてました(こういう地検の独自捜査は、着手にあたって必ず高検と協議をする)。
ところが、京都地検がこの事件に着手し、関係先をガサ入れ、専任講師を逮捕したとき、三井のオッサンは姫路に出張していて、大阪に戻ってきて初めて「着手」を聞かされました。
で、資料を読むと、内偵不足が明らかで、「これでは立件できない」と高検の上層部に進言したことで、教授の逮捕は何とか見送りになりました。そして、専任講師も処分保留で釈放され、その後、起訴猶予処分になりました。
三井のオッサンによれば、この事件では、結局、渡された金が「論文の謝礼」ということで、ちゃんと領収書も発行したり、確定申告もするといった、公明正大な「表のカネ」だったというのです。ですから、そこには「賄賂性がないんだ」というのです。
サンズイ(=贈収賄事件)には、立件にあたって、3つの大きなポイントがあり、それは「金銭等の授受」、「職務権限」に加えて、「賄賂性の認識」の立証が必要不可欠なのです。
つまり、賄賂を受け取った側に「賄賂性の認識」がなかれば、それはサンズイにはならないのです(ただ、金を贈った方は「賄賂申し込み罪」で罰することはできますが)。
んで、なぜ、こういう意見を彼が進言できたかというと、その前にいた高松地検次席検事のときに、香川医科大における同様の汚職事件を手がけ、1年あまりの内偵を経て、渋る法務省をも説得し(なぜなら、こうしたケースは判例がなく、初めての摘発事例だったので)、やっとこさ関係者の逮捕にもっていって、有罪判決を勝ち取っていた経験があったからです。
で、その事件では、渡されたカネの流れが3本あって、そのうちの2本は論文謝礼などといった表のカネだったのですが、そこに挟む形で、裏金、すなわち、賄賂が1本入っていて、それをサンズイでサクッと立件した、というのです。
その意味では、この事件は鈴木宗男が摘発されたやまりんからのあっせん収賄罪ともリンクすると思います。
あのやまりんからのカネの400万円(検察は500万円と主張)は彼の官房副長官就任の「祝儀」で、それもちゃんと領収書を発行しているというのです。その後、やまりんはいろいろとモンダイが出たので、彼以外にもカネをもらっていた議員もいたので、そういうのと一緒に横並びで、全額、返金しているのです。私もいろんなサンズイを取材してきましたが、「領収書を発行する賄賂」なんて、聞いたことがありません(笑)
権力を行使するということは、「法律を執行する」ということですが、その適用にあたってはあいまいさがあってはなりませんし、「拡大解釈」などもってのほかです。そうやって、法の厳密な適用を逸脱し、でたらめな法執行をやってしまったら、捜査機関は「誰が、何をやっても逮捕できる」ということです。それは、「凶暴罪=共謀罪」成立云々以前の問題です。
少なくとも、かつては検察内部にも、このように「抑止力としての権力行使」というものを、きちんとわきまえていた人間が、幹部にもいました。また、そういう人材がいたことで、「法執行の乱用」を未然に内部でブレーキをかけていたのです。
確かに、三井環氏は、高松地検次席検事時代(91年4月-94年3月)に、独自捜査で計47人の被疑者を逮捕するという、「中小地検における独自捜査のギネス記録」を打ちたてましたが(これは、当時、最高検の公判部長をしていた逢坂貞夫のオッサンに「高松ばっかり独自捜査で被疑者をあんなにパクッてしまったら、大阪地検特捜部の面子が丸つぶれだ」とまで言わしめている)、私が彼を評価するのは、こうした「独自捜査の鬼」としての能力としてもさることながら、こうした「権力行使の抑制」ということをきちんとわきまえていたからです。
それは、私が毎日新聞に入って最初の高知支局で、彼が高知地検の次席検事をしていたので、そのときの警察事件の捜査指揮を見ているので、よく知っていますが、特に1課事件(殺し、タタキ)で、物証の詰めを相当なところまで警察に要求し(それは誰が見ても被疑者が特定できていて、新人記者だった私ですら、事前に被疑者に接触して、「一問一答」を取っていたほどの殺しだった)、なかなか逮捕にGOサインを出さなかったのを覚えています。それくらい裏づけには慎重でしたね。
しかし、それでいて突っ込むときはまたすごかったというか、選挙違反事件で、高知県警の2課が「もうすぐ人事異動があるんで、このへんで打ち止めにしてほしい」と懇願するのを無視して、ガンガンと関係者の身柄を取らせていましたから。そこの「アクセルとブレーキ」の組み合わせが絶妙で、その按配がまさに「バランス感覚」だったと思います。
話を彼の大阪高検のヒラ検事時代に、ストップを命じた京大病院の事件に話を戻しますと、このとき直属の上司として、大阪高検の次席検事だったのが、ぬあんと、加納駿亮だったわけです。
書くと長くなりますが、この京大病院の事件の顛末を、三井氏が高松地検次席検事時代に高松高検検事長だった村田恒氏(ロッキード事件の捜査班にも入り、現場の感覚も知っている)に手紙で書いたところ、それを酒の席で漏らした話が回り回って加納の耳に入ってしまい、「三井の野郎、チクりやがったな」と、彼を敵視し、トイレや廊下で会っても目を逸らすようになったといいます。
んで、そうやってシカトするだけならまだいいのですが、その後、三井氏が名古屋高検の総務部長から大阪高検の公安部長に戻ってきたときに、加納の横槍で検事の棒給を据え置いたままにするという暴挙までしてしまったのです。「それは、私個人に対する怨念を超えて、高検公安部長という職に対する冒涜である」と。これにさすがに、三井のオッサンもキレてしまったのです(笑)
この前、その三井のオッサンと酒を飲んだとき、しみじみと言ってましたが、「あの京大病院の事件がすべてだった。アレがなかったら、加納の件で内部告発することもなかったな」と。
で、私が「だとすると、田舎の検事正を一つ二つやって、今ごろは大阪高検の検事長の椅子にふんぞり返って座って、調活を湯水のように使い倒して、こんなところで私と酒を飲んでることもなかったのですよね(笑)」。
しかし、こうして、彼が権力中枢にいながら、「極めてまっとうなことをした」がゆえに、最終的に「口封じ逮捕」にもっていかれたことを考えるとき、私は「腐れ検察庁」に対する憤りと怒りがさらにこみ上げてきます。原田明夫、松尾邦弘、但木敬一以下、法務・検察の首脳全員を「共謀罪」で逮捕して、拘置所の塀の中に放り込んで、服役させろと本当に思います。
んで、「凶暴罪=共謀罪」に戻すと、あるネット上で「世論調査」の結果を公表していましたけど、与党案の賛成が約2割、民主党案の賛成が約2割、あとは「廃案にしろ」でした。日本国の世論もまだ、捨てたものではないというか、全然、健全ですね。
小泉純一郎クンは、去年秋の解散では、「郵政民営化の是非を今度の総選挙で問いたい」と言ってましたよね。我々、有権者はあくまで「郵政法案」について、賛成の民意を小泉内閣に与えただけで、別にそれ以外の法案について、すべて「白紙委任」を与えたわけでは決してないですよね。
本人も決してバカではないので、そこらのところの「抑止力としての権力行使」ということをきちんとわきまえている、とは思うんですよ(笑)
