三井環(元大阪高検公安部長)氏への「裏金公表阻止を狙った口封じ逮捕劇=冤罪事件」を徹底的に弾劾する |
#「下」からの続きっていうか、その新潮がスッパ抜いた、中川昭一の未亡人・郁子の、年下同僚オトコとのベロチュー失楽園バナシで、世間をお騒がせしておる永田町だが、そういえば、アベも、自分んところのトウ支部が、13年12月、通産ショウの革新的セメント製造プロセス基盤振興開発事業で、約3300萬円の補助金交付が決まっておった地元の宇部興産から、50萬円貰うておったのか。
ところが、岡田の方のトウ支部も同様に、11、12年に、農水ショウの食糧麦備蓄対策事業で、各15億円の補助金交付が決まっておった日清製粉(グループ)から、各24萬円貰うておったってんだよな。で、まだ、岡田は網膜剥離で入院しとるんかよ。コイツは、岡田がピャーッと先にクビを差し出せば、一挙に「王手、アベ取り!」の大政局になるんだがなあ。
ただ、今回の中川郁子の国怪失楽園バナシも、細野が代表だったら、確かに、今では昔のハナシになってはおるんだが、でも、少なくとも、本人が代表シツモンで、なかなかジャンジャンとは攻めれんわなあ(笑)
#「上」の続きで、そうそう、「政治とカネ」っていうと、えてして、「重箱の隅をつつきがち」にはなるんだが、でも、最初から、そんなナン億、ン十億円といったどデカイ不祥事なんて、出てくるかってんだよ。やっぱ、こういうのは粘り強く、「続けること」によって、ネタが入ってくる。情報提供者も、自分の持ち込んだハナシが、ちゃんと、「字」になるかどうか、見ておる。だから、信頼関係を勝ち取って、築いていくには、「書く」しかないんだな。
それは、ワシ自身が、シンブン社時代に経験しておるからだ。1発目は、毎日シンブンは大毎管内の姫路支局時代で、アレは姫路時代に行政担当をしておった2年目だったから、92年の後半だったな。あの頃、ちょうど、尼崎市ギカイでカラ出張がオモテ沙汰になって、大騒ぎになっておったんで、「同じことは、姫路でもある。いっちょ、やるか」と、ワシがキャップとなり、テカを1人使うて、姫路市ギカイと市役所の不正支出を徹底的にやった。
基本は、情報公開請求でゲットしたブツを丹念に読み込むんだな。すると、年度末に、おかしな出張が集中しておって、一目で「あー、予算消化かあ」ってのがわかる。行楽地はもとより、北海道とか、九州とか、旅費がかかる遠隔地が多くて、「市政とどういうカンケイがあるんだ?」ってことで、1つ1つ詰めていくと、ボロが出てウルんだな。「で、アンタ、本当に出張に行ったのか? まさか、カラってことはねえだろうな」と突っ込むと、シドロモドロになってなあ。超オモロかった。そんなことばっか、熱心にやっておったんで、当時から、当局の連中からは、ワシは蛇蝎のごとく嫌われておったものだ(笑)
#さらに続けるが、こうした「政治とカネ」のモンダイ、つまり、「公金の不正支出」ってのは、元々の出所はコクミンの汗と涙の結晶たる血税だから、読者からの反響がものスンゴイんだな。「もっとやれ、どんどんやれ」と応援も来るんで、勢いが出てくると、上も止めれなくなるんだ。
それで、ワシのシンブン社時代の2度目の公金不正追及取材は、東京シンブンに転職した96年の後半から、97年の前半にかけてだ。当時、ワシは最終面のTOKYO発の取材班におって、今と違うて、硬派のストレートニュースもバンバンと扱っておったのだ。それこそ、歴史のある「こちら特報部」としのぎを削っておったっていうより、完全にワシらTOKYO発の方が、圧倒しておった。
その中軸が、サンケイから転職しておった野呂法夫記者で、その頃、彼は「たったひとり」で、都庁の公費不正追及を徹底的にやっておったんだな。当時、編集局内では「野呂路線」と言われておって、読者からの反響もスゴかった。
んで、途中から、野呂記者に「古川クン、一緒にやろうよ」と声をかけられ、都ギカイの大名観光視察や、都ちょーのカラ出張を暴き出して、当時、都チジは青島幸男だったんだが、ワシは定例会見に乗り込んで行って、「まだ、ネタはいくらでもある。これからも記事で打っていく」って、ピャーッと斬り込んだものだ。すると、社の都庁詰めが、広報の連中から「ナンダ、いったいあいつは? 本当にキシャ倶楽部の人間なのか。定例会見であんなことされたら、ウチらメンツ丸潰れで、困るぢゃないですか」ってイヤミを言われておったで。
そんなふうに、ワシは、そうしたキシャ倶楽部の掟など平然と破って、まさに「読者の立場」に立って、「公金不正支出」の記事を打ち続けていたがゆえに、ま、ある意味、後ろから刺されたようなもんだわなあ。気がついたら、会社ソシキに居場所がなくなっておったっていうワケだ(笑)
ま、あれから、歳月が流れてしまったが、天地神明に誓って、ワシは全然ブレておらん。「古川クン、もうすぐ、情報公開法ができる。そしたら、一緒に霞が関と永田町の公金不正追及をやろう」と、野呂記者とはよく酒を酌み交わしたものだ。それで言うなら、ワシは今でも「ひとり野呂路線」を続けるおるだけだ。だから、そういう人生を生きてきたことに、悔いは一切ない。もう1度生まれ変わったとしても、ブンヤとして、同じ人生を歩んでおるだろう。
#で、今日(=3・7)、秋篠宮の次女の佳子チャン(齢20)が、成人になったってことで、歴史でのうて、まさに、「フィクション」たるニッポン神話における初代・神武天皇の墓参りに行ってきたってんだが、それにくっついて行っておる毎日シンブンの社会ブの宮内ちょー担当の真鍋光之も、じつはワシと同期の88年入社組なんだよな。しかし、この真鍋ってのも、皇室担当になって、だいぶ経つんだが、ヌシみてえにずうーっと居座っておるよなあ。
真鍋も、ワシと同じ本籍・大毎で、ヤツの初任地は富山支局だったと思う(ちなみに、ワシは高知)。ジケンとかは、シキョク時代にサツ回りした程度で、そう大したことはのうて、大毎本社も、最初は整理の地方版編集だったな。ただ、真鍋は、同じ88年組で、コレも本籍・大毎の太田阿利佐と社内結婚して、子どももおったと思う。いつの間にか、東西間のベルリンの壁を超えて、東京ホンシャ管内に潜り込んで、宮内ちょー担当をヤッとるよなあ。
もちろん、本籍・大毎なんで、真鍋とは、お互い顔も名前も知っとるんだが、あんまりっていうか、ほとんど本人とは喋ったことはない。むしろ、ワシは、嫁ハンの太田の方と内定決まった頃から、よう喋っておったものだ。このふたりが付き合い出したってのは、だいぶ後になってからだろうな。ただ、88年入社組のエース(=ジケンもできて、文章もちゃんと書ける)は、ワシと、今、欧州総局長をやっておる小倉孝保だ。
それと、秋篠宮というより、幼名の礼宮の方はワシ的にはピンと来るんだが、じつは、同い年で、生まれた月も11月で、誕生日も近かったんだな。だから、ついに今年はお互い大台の齢50に突入なんだが、しかし、娘が成人だから、「うわっ」としか言いようがねえよなあ。今、皇室バナシも、眞子、佳子で女性週刊誌を賑わせておるレベルで、「本格的な抜き抜かれ」がねえよなあ。
それはそうと、いずれ機会があったら、また、きちんと書くが、ワシはニッポン史については、鹿島曻を嚆矢とする「鹿島史学」を徹底的に究めておって、その継承者であるとの自負がある。孝明天皇刺殺の実行ハンが、吉田松陰を塾ちょーとする松下村塾出身の、長州藩の忍者侍だった伊藤俊輔だったなんてのは、ある意味、瑣末なレベルのハナシであってだな、そんなことより、あのフルベッキ写真に、将来の玉(=明治天皇)である大室寅之祐を真ん中に据えて、薩長のちょー報員どもとともに、ぬあんで、「幕臣の勝海舟」も一緒に収まっておったかなんだわな。攘夷に病的なまでに固執しておった孝明を排除することも含めて、「玉のスリカエ」ってことが、当時の政局的には、とてつもなく、大きな意味があったということだ。あのフルベッキ写真を撮った長崎での会合のスポンサーだった一橋慶喜が、そもそも「南朝」を正統たらんとする水戸(学派)の出であることをはじめとして、慶喜自身も「玉のスリカエ」を望んでおったっていうことだ。ま、それはともかく、今の陛下は、間違いなく、寅之祐のこととかも、いろいろと知っとると思うんで、機会があれば、ぜひ、ハナシを聞いてみたい(笑)
#で、川上道大のオッサンが主宰する香川のミニコミ紙『四国タイムズ』最新号(15年3月5日号)に、去年の「10・9」の晩に、同紙を手伝って取材活動をしておるフリーライターが、東京の西郊の駅に呼び出された後、しもた屋に連れ込まれ、「コレ以上、鹿島を突くな。アベをつつくな、大勲位に触れるな」と説教されて、左目をブン殴られた言論テロで、ぬあんと、その下手人であるヤクザの構成員が、タイホ先の桜田門は本富士ケーサツ署で取り調べ中に、突然、死んでしもうておったってんだよな(**)
ハナシをもう少し詳しく説明するとだな、タイホされたのは、住吉会系幸平一家の構成員の稲津恭平(齢24)で、桜田門は本庁の組織ハンザイ対策5課が、この「2・11」の午後1時ごろ、新宿区内のマンションで、この稲津と一緒に、男女1人ずつの計3人が、大麻所持の現行ハンでタイホされたってんだよな。ちなみに、このもう1人の男ってのは、幸平一家の現在のトップである加藤英幸に代わって、その跡目を継ぐとみられておる「入里一の倅」だったってんだな。
ところが、チョー驚くべきことに、この稲津が、タイホされて、本富士署に連行され、取り調べを終えた直後に、意識を失い、近所の東大病院に搬送したってんだが、死んでおったってんだな。タイホ後、数時間のハナシなんだな。本来であれば、こうした不審死は、司法解剖に回すのが当然なんだが、その遺体は、大塚にある都監察医務院に運ばれ、行政解剖でオシマイだったってんだな。
#「上」の続きだが、その四国タイムズの取材の手伝いをしておる在京のフリーライターをブン殴っておった住吉会系幸平一家の構成員の稲津恭平(齢24)だが、この「2・11」に、大麻所持の現行ハンでタイホから数時間後、本富士署の取調室内で気分が悪くなって、そのままポックリ逝ってしもうたってんだよな。
福岡県在住の稲津の父親には、ケーサツが連絡を入れ、「死因はハッキリしないが、どうも薬物が原因のようだ」と説明しておったってんだな。ところが、稲津自身は、現在、クスリは全然、使うておらんかったってんだな。ちなみに、この稲津ってのは、一緒にタイホされた倅の父親である入里一(入里林一)の、付き人のようなことをしておったってんだな。
だが、ヤクザ側は、取調室内で、何かあったと疑っておってだな、「制圧」っていうか、ま、「ヤキ入れ」だわなあ。「絶対に何かあった」と踏んでおってだな、ま、それは、ワシもそう思うワ。だって、本来であれば、ケーサツの取調室や留置場なんてのは、ある意味、最も安全な場所で、抗争でタマを狙われておるヤクザが、命を拾うために、敢えて、ケーサツに身柄を取られるってのも、あるぐらいだからな。
しかし、コイツは不審死っていうか、怪死ジケンそのものだわなあ。ワシも「口封じ」としか思えんで。ましてや、20代半ばの元気ビンビンの若者が、常識的に考えても、こんなにアッサリ死ぬかってんだよな。今、川上道大のオッサンんところの『四国タイムズ』がスッパ抜いた「アベの隠し子」に絡んで、ものスンゴイことが次々と起こっておるわなあ(笑)
#で、この「3・5」に名古屋チサイで無罪が言い渡された、全国最年少市長の、岐阜県は美濃加茂市長の藤井浩人への「サンズイのでっち上げジケン」だが、元特捜検事の郷原信郎が弁護人を務めておったんだな。
郷原のブログに、このジケンについては、徹底的に書いてあるんだが、コイツは「贈」の方の、名古屋市内の地下水供給会社「水源」の社ちょーの中林正善の言い分を鵜呑みにしたっていうか、そういうふうに喋らせて、ハメたってことなんだろうなあ。
元々、この「贈」の方の中林は、6000萬円の融資金サギでキソされておって、その本件から、余罪を引っ張り出すっていうカタチで、美濃加茂市議時代だった藤井へ「30萬円を渡した」っていうハナシを作っていったんだな。だが、藤井の方は、タイホ段階から一貫して、否認っていうか、「無実」を主張しておって、それは最後までブレんかったっていうことだわな。
#「上」の続きだが、今回の美濃加茂市長に対する大冤罪ジケンについて、ワシが思うところは、まず、そのでっち上げサンズイの戒名で身柄を取ったのは、愛知ケンケイの2課だわな。このテの2課ジケンってのは、内偵から、タイホ状請求と、節目節目で必ずチケンに相談して、その了解を取ってから、ケーサツはタイホに踏み切るワケだからな。
で、実際、このテのサンズイってのは、「贈」と「収」の双方が、うたわなければ、その時点で、捜査はオシマイなんだ。こういうサンズイってのは、最終的に「当事者の供述がすべて」なんで、「収」である市長を「うたわせられなかった」という時点で、捜査は失敗なんだ。もし、ちゃんとしたスジのサンズイであれば、つまり、「現金授受」と「請託」が本当に存在しておったのなら、「収」の方もうたう。
そもそも、今回の場合、どういう捜査だったのか、だ。このテのサンズイってのは、「おそらく、現金授受は、あったんだろう」と踏んで、「贈」と「収」の双方を同時に呼んで、叩いて勝負に出るんだが、しかし、実際には、「収」の方はうたわなかったんだよな。であれば、勾留満期の時点で、ケンサツは、処分保留でヒギシャを釈放して、不起訴にせなアカンのだよな。
しかし、もし、そうでのうて、最初から、ケンサツとケーサツが一体となって、「美濃加茂市長が、うたおうが、うたわんかろうが、絶対にキソする」ってことで決めて、ソーサを進めておったというのであれば、もう、オシマイっていうか、国策ソーサならぬ、「ファッショ」そのものだよな。どっちなんだろうなあ。たぶん、後者のような気がする。だから、「贈」の方に喋らせた内容で、架空のジケンを既に作っておいてだな、無理矢理、「それ」に美濃加茂市長をハメようとしたんだろう。
#さらに続きだが、この美濃加茂市長に対する、サンズイのでっち上げジケンにおいては、ま、「ド腐れケンサツ」と言ってエエだろう。骨の随まで腐り切っておる名古屋チケンだわなあ。本来であれば、こうした「贈」と「収」がセットになったサンズイってのは、同じサイバン体で、2人の被告人を一緒に捌くのがスジなんだよな。しかし、わざと、それをせんで、分離コーハンにして、キソ事実を争わずに認めておる「贈」の方の有罪ハンケツを、先に確定させてから、「収」の方の美濃加茂市長のコーハンに臨んでおるんだよな。
ちなみに、「贈」の業者である中林正善は、求刑・懲役4年6ヵ月に対し、ハンケツが同4年で、控訴せんかったんで、ムショでの勤めに入っておるんだな。だから、量刑のほとんどは、「6000萬円の融資サギ」の方で、「たった30萬円」の贈賄罪は、ホンマ、グリコのオマケもエエところだわなあ。
こういうのは、ド腐れケンサツが、「コーハン維持」に自信のないときによく使う裏ワザで、贈収賄ジケンで、カネを渡した側の「贈」がクロのハンケツなんだから、受け取った方の「収」も、クロしか出さざるを得んだろうっていうふうに、世論を持っていくためのコーサクだわな。ホンマ、汚えよな。事実、社会ブの司法担当はバカばっかだから、そうやって、「贈」の業者にクロのハンケツが出れば、「コイツは、『収』の美濃加茂市長の方も、有罪間違いなし」って、ジャンジャンと書き飛ばすわなあ(笑)
#もう少し続けるが、その美濃加茂市長に対する、サンズイのでっち上げジケンで、身柄を取ったケーサツは、市長をうたわせられなかった時点で、捜査そのものは、その時点で失敗なんだから、本来であれば、愛知県警の捜査2課長は、警察官としての辞表を出さんとなんだ。ま、コイツはケーサツの送致ジケンではあるんだが、であれば、名古屋チケンは、起訴なんかしたら、アカンのや。
なぜ、ワシがこういうことを言うかといえば、それは、三井環のオッサンが、特捜検事として、そういう生きざまをしておったからだ。
コイツは、ワシの『日本の裏金(下) 検察・警察編』(第三書館、ハードカバー・424頁、1600円+税)でも書いておるんだが、三井環のオッサンが高松地検の次席時代に手がけた独自捜査で、香川県は庵治町というところの町長を、カネを渡した業者と一緒にサンズイで身柄を取った。ところが、勾留16日目まで、町長がうたわなかったんで、「さすがに、このときは、辞表を出すことを覚悟した」ってんだな。
「特捜の星」と言われておった河合信太郎に憧れて、検事になった三井環のオッサンは、「巨悪を眠らせてはならん」という志から、「特捜=独自捜査」ということに、異様にこだわっておったんだが、そのケジメとして、「検察が独自捜査に失敗したときは、潔くその責任を取る」ということだった。
で、ここで言う「うたわせる」というのは、「真実を喋ってもらう」ということだが、カネのやり取りが絡む、このテのサンズイってのは、最後は「うたってもらう」しかないんだ。それは、最終的には被疑者と捜査官との間に、信頼関係ができ上がって、そこで初めて「うたう」ということにつながる。
だから、三井環のオッサンによれば、「自供が取れないのであれば、起訴はできない。たとえ、人口2、3万人の町の町長とはいえ、選挙で選ばれた人間であり、逮捕、勾留して、起訴できませんでしたは済まない。そのときは、『辞表』以外に道はない」と。
ところが、その庵治町長は、勾留17日目にして「うたった」ので、三井環のオッサンは辞表を出さずに済んだんだが(公判でも、起訴事実を全面的に認め、争わず)、特捜検事とは、本来、こうではないのか。しかし、今度のド腐れ名古屋チケンは、そういったケーサツの見込みソーサの暴走に歯止めをかけるどころか、呆れ果てたことに、一緒になって、「美濃加茂市、焼け野が原作戦」の全面展開に踏み切っとるんだわな。
言わせてもらうが、コイツは「国策ソーサ」などという生温いものではない。「選挙」という、民主シュギによって正当に選ばれた人間を、問答無用に葬り去ろうとする、「検察ファッショ」という名の、ドス黒いボー略そのものや、このアホンダラが!
#で、今日(=3・11)は、東日本大震災から、まる4年。月命日ならぬ、「年命日」ということで、まずは、亡くなった人たちに哀悼の意を表して、手を合わせることにする。
ワシは、ホンマ、恥ずかしながら、フクシマも含めて、まだ、被災地に行っておらんのだよな。だから、目を凝らしてシンブン記事etcを読み込むっていうことしかできんのだが、しかし、それだけはきちんと、しっかりとやらなければと思っている。
今朝も、「震災から、まる4年」ということで、各紙ほぼ一様に、「復興の足音」というようなトーンなのだが、本当にそうなのだろうか。もちろん、気合いを入れて、踏ん張って、頑張っておる人もおるだろうが、その一方で、今なお、避難生活を余儀なくされ、家族散り散りになってしまっておる人もおると思う。
ワシは、首都圏在住なんで、ある意味、現地から遠く離れているのだが、とにかく、今起こっておる事実を、変に角度をつけることなく、「ありのままに、淡々と」伝えて欲しいと思う。
そういえば、あの『美味しんぼ』も、鼻血ブーの件以来、連載が再開されずにおるんだが、最近、原作者の雁屋哲が、それに関する本を出して、いろいろと喋っておるよな。ワシは、その鼻血ブーの現象も含めて、諸々の健康被害が、フクシマで起こっておるのは、事実だと思う。
しかし、そこで、雁屋は「フクシマはチョー危険だから、はよ、遠くに逃げろ」ということを言っておるんだが、でも、「それ」が入っちゃうと、よくも悪くも、ある意味、「政治性」を帯びてしまうんだよな。ワシは、そういう「はよ、フクシマから逃げろ」とか、「いや、石に齧りついてでもフクシマに残れ」とかという、各自の主観的意見はエエんで、とにかく、「今、起こっている事実」が知りたい。
#「上」の続きだが、フクイチで作業にあたっておる「ハッピー(@110311)」のツイッターを見るとだな、東電はまだ出し渋っておるっていうか、隠蔽しとるネタがあるってんだな。「さもありなん」とワシも思うんだが、やっぱ、あの朝日の吉田調書モンダイだわなあ。アレで社ちょーが交代したのと前後して、ま、原発ジコ報道だけではないんだが、完全に勢いが削がれたよなあ。今は、典型的なインポ状態と言えるだろう。
しかし、あの吉田調書モンダイも、「吉田昌郎による2Fへの退避命令が、あったか、なかったか」っていう、ホンマ、重箱の隅の、瑣末もエエところでワーワーと大騒ぎしてしもうて、結局のところ、「ジコの本質」を抉り取るスタンスを放棄してしもうたよな。それゆえ、原発ジコには触らずってことで、その代わり、あの「プロメテウスの罠」っていう、絶対に誰も文句を言ってこんヒマダネを、毎朝、延々と垂れ流して、お茶を濁すっていうところにまで後退っていうか、ま、「退廃」といってエエと思う。そうしたダッチロール状況に追い込まれておるよな。
#「上」の続きだが、でも、コイツはトップがどういう姿勢でおるかってのが、大きいわな。木村伊量の後釜で、去年の12月に、朝日の社ちょーになった渡辺雅隆(齢55)ってのは、千葉大人文学部卒の82年入社で、鳥取支局を振り出しに、京都のデスク、大阪社会ブのデスク、んで、同社会部ちょーと、人事台帳においては「本籍・大毎」ならぬ、「本籍・朝日シンブン大阪本社」なんだな。
アソコも毎日シンブンと同様、実質的には、東西別会社なんで、コイツは、驚天動地っていうか、もし、平時であれば、ホンマ、「あり得ん人事」だったんだな。詳しい経歴とか知らんが、どうせ、大阪府警でジケンをヤッとったクチだろう。しかし、「82年組」ってのは、あー、あの鈴木紅琢磨のオッサンと同期なんだな。間もなく、入社34年目に入るんだが、差がついてしもうとるよなあ。
しかし、大阪社会ブ出身者が、会社のトップに就くってのは、朝日史上初と違うんかよ。であれば、もっと大阪社会ブ的な馬力取材を、紙面で見せんとだわなあ。ま、大毎に限ったハナシではないが、各紙の大阪社会ブってのは、あまりにも泥臭いし、「馬力取材がすべて」みたいなところがある。しかし、それはブンヤにとって大事というより、すべてだとワシは思う。
あの「大毎=虎の穴」に放り込まれた身として、「東京(本社)なんて、あんなもん、取材のうちに入らん」ということをよく言っておったが、それは本当だ。ゲンバの聞き込みとか、大毎社会ブってのは、まさに「キチガイ取材の極致」で、今で言うところの「ブラック企業」そのものだったで。しかし、そのおかげで鍛え上げられた足腰の強靭さによって、ワシは、今なお、バリバリの現役でやっておれるんだからな。タイガーマスクにとっては、「虎の穴での修行」がすべてだったんだが、本当にその通りだ(笑)
#で、今日(=3・12)発売の文春が「字」にしておった、文科ダイジンの下村博文の「政治とカネ」のハナシだが、政治団体として届け出ておる「東京博友会」以外の、全国にある東北や近畿、群馬の博友会も、タダの任意団体なんかでのうて、まさに「カネ集めの団体」、つまり、「集金マシーン」そのものであることが、内部ブンショによって、モロわかりだったなあ。
あのブツに記してあるように、東京も含めて、14年は全国で計約1200萬円もかき集めておったのかよ。もちろん、メインはセンキョ区のある東京だろうが、要は、全国の塾業界から小遣いを貰うてだな、そこは「文教族ギイン」の真骨頂として、「ちゃんと、ヤクショに口利きしてやるで」ってことだわなあ。だから、全国に散らばっておる博友会ってのは、バラバラに存在しとるんでのうて、下村ジム所による「一元的管理体制下」にあるってことなんだな。
だから、東京以外の博友会も、ああやって、下村への政治資金をかき集めておるんだから、当然、収支報告ショに記載し、オモテに出さんとだなんだが、この期に及んでも、「ソシキ的なカネ集めなど、しておらん」ってシラを切り倒しておるんかよ。だったら、こんな嘘つきダイジンのクビなんて、ピャーッとフッ飛ばさんかい、このアホンダラが!
