三井環(元大阪高検公安部長)氏への「裏金公表阻止を狙った口封じ逮捕劇=冤罪事件」を徹底的に弾劾する |
#で、今朝(=10・24)の毎日と東京に出ておったんだが、そのなりすましウイルスによる、ヨコハマ市のHPへのオドシ書き込みジケンで、誤認タイホされ、保護観察ショブンになっておった男子大学生(齢19)の件ついて、横浜チケンが「コイツは少年ジケンなんで、再チョーさの検証報告は、公表する必要はない!」って、堀嗣亜貴とかいう次席が、キシャ倶楽部の連中を前に、喋っておったってんだな。
毎日は、ちゃんと識者談話を入れておったが、少年ジケンにおける「原則匿名」ってのは、非行歴とか、そういうプライバシーがオモテ沙汰になることで、「当該少年の将来の更生に、支障がないように」っていう配慮からだからな。そもそも、コイツは、不当タイホされた男子大学生ってのは、「人違い」、すなわち、「冤罪」なんだから、根本的に次元の違うハナシで、ホンマ、トチ狂っておるとしか言いようがねえんだよな。別に、この男子大学生の氏素性を明かせっていうハナシぢゃねえんだからなあ。「少年法の精神」ってのが、何もわかってねえんだよなあ。
いやあ、こういうバカ者が、ケーサツに対しても、ソーサの指揮をするチケンの次席でおるがゆえに、このテの冤罪ジケンが、ピャーッと創作されるんだよなあ。「IPアドレス」云々だけのモンダイぢゃねえと、ワシは思うで(呆)
#うーむ、その上杉隆が理事チョーをヤッておる、公益社団ホウジンの「自由報道協会」の理事をヤッておる田中龍作ってのが(ワシは全然、知らんのだが)、今晩(=10・24)の自分のツイッターで、「理事やーめた!」って喋っておるなあ。曰く、「ケンリョクと対峙する過程で生じたモンダイならともかく、世間のジョーシキを欠く行いを仄聞したため、理事を続ける意志がなくなりました」かあ。
ワシは、この上杉んとことは、全く関わりがねえから、そもそも、あんまりアレコレと言う資格はねえんだが、ま、このテの「第3のキシャ倶楽部」っていうんかいなあ。そういうものが、存在すること自体は、エエことだと思う。いい意味で、既存の倶楽部と競争して、互いに切磋琢磨することで、良質の記事を打っていくのであれば、とてもエエことだと思うからだ。
ま、ワシは運営の細かいところまで知らんから、田中が喋っておる部分については、コメントのしようがねえんだが、しかし、上杉が、自分を批判されたブログ記事に対して、「削除要求」したのは、「それは、ねえだろう」だわなあ。もし、その記事に対して、反論や誤りがあるのであれば、上杉は自分でブログもツイッターもヤッておるんだから、そこで正々堂々と自分の主張をすればいいだけのハナシだ。そこで、きっちりと筋道の立った説明をすれば、読者だって、わかってくれるからな。
そうした手続きを、おそらく、ピャーッと端折ったんだと思うんだが、でも、言論&報道に関わっておる人間が、「削除要求」なんてのは、ゼッタイにヤッてはならん一線っていうか、「もう、それをヤッちゃあ、おしめえよ」だよなあ。自分の娘のことで、文春への販売差し止め請求をした田中真紀子はもとより、ハシストや、そのまんま東、また、イケダモン大先生んとこがヤルんならまだしも、たとえ、「元」であっても、「ジャーナリスト」を名乗っておった人物が、「それ」をヤッたらオシマイだ。
こういうのは、ワシら同業者が、きっちりと指摘して、オトシマエをつけれんことには、ホンマ、物笑いのタネだからなあ。ったく、まっとうな批判をした清武英利に対して、粛清としか言いようのない仕打ちをヤリマクっておる、あのナベツネと、いったい、どこが違うってんだよ? ましてや、「公益社団ホウジン」ってのは、税制上の優遇ソチを受けておるんだろ。であれば、それ相応の「社会的セキニン」があるハズだ。
#で、その『週アサ』の、ハシスト連載の「ハシシタ!」のモンダイで、今日(=10・24)、築地は、連載開始の経緯を検証すべく、「報道と人権イイン会」で審理することに決めたのかあ。えっ、ってことは、「ハシスト様のジン権を侵害して、誠に申し訳ありませんでした!」って、土下座をするってことかよ? いよいよ、コイツは、マンガの世界に入ってきたよなあ。
うーむ、しかし、佐野眞一に、今西憲之は、いつまでダンマリを決め込んでおるんだろうなあ。もし、ワシがこの立場に置かれておったなら、もし、既に支払われておったら、原稿料&取材費を突き返して、未払いだったら、受取拒否ってことで、言いたいこと、言うべきことを、ちゃんと言わせてもらう。ココまで来ると、カネのモンダイではない。人間としてのプライドのモンダイだ。
でも、ハシストの「同和地区出身」に触れることが、なぜ、そこまでタブー視されなアカンのや? もし、それが、無名のイッパン市民であったなら、そうした配慮も理解できよう。だが、今や、ハシストは、ニッポン維新の会の親玉で、場合によっては、今度の総センキョの結果いかんでは、「国家ケンリョクの中枢」に陣取るっていうか、その可能性が、現時点においては、極めて高い。そうした「大公人」の人となりを、徹底的に解剖し、有権者に提示するのは、まさに、「コクミンの知る権利」の応える、「報道=ジャーナリズム」の使命ではないのか。野中広務のように、「それ」があったからこそ、あの目立ちたがりマクリンスキーの、上昇志向のバネになっておるワケだろうが。
ところが、ハシストの「朝日本体の取材拒否!」の恫喝にビビッて、向こうの言うがまま、挙句の果てには、マトモな説明もなく、いきなりの「連載打ち切り」だろ。執筆者にとっては、問答無用の「死刑宣告」に等しいからなあ。こんなバカなことが、許されるのか? こんな体たらくだから、あの民自公で、消費税増税ホウアンも含めて、何でも通しなんだよなあ(怒&呆)
#で、今日(=10・25)の午後から、石原のおぢいちゃん(齢80)が、突如、カイケンして、「本日をもって、チジの職を辞し、新党を結成する」かあ(**) 唐突っていうか、寝耳に水っていうか、「うわーっ」、「うーむ」だよなあ。確かに、去年の統一地方センキョでは、当初、「4選不出馬の意向」を表明しておって、神奈川県チジだった松沢成文を後継含みでノミネートしておったが、急遽、出たからなあ。
んで、おぢいちゃんは、平沼んとこの「たちあがれニッポン」に合流して、いったん、そこを党して、新しく錦の御旗を立てるってことなんかいなあ。筆頭副チジの猪瀬直樹を後継指名したそうなんだが、でも、本人は出馬について、明言を避けたってことは、全然、根回ししとらんかったっていうカンジだな。
#「上」の続きだが、今後のスケジュールは、この「10・31」に臨時都ギカイを開いて、正式に辞表を受理して、「11・29告示→12・16投開票」の公算かあ。「12・9投開票」っていう情報もあるのか。本人は「比例東京」から出馬の予定か。この「石原新党」は、産経とかが、さんざん煽ってきたけれども、どうも本人が乗り気ぢゃねえみたいだったんで、尻すぼみ状態だったんだよな。
ただ、「ハシスト方式」で、都チジを辞めんでというやり方もあったんだろうが、前に「衆」のギインを辞めたときも、当選25周年だったかいなあ。こんなカンジでポイと辞めたよなあ。ま、倅(=nobuteru)が、ソーサイ選で負けたっていうのも、一因として、少しはあるかもしれんわな。もし、自民トウのソーサイになっておったら、「親子で、センキョでケンカするってのもなあ」ってのはあっただろうし。
でも、今回のニュースは、おぢいちゃんが、「都チジの座を放り出した」ってことだろうなあ。新党を作って出馬するんでも、カイサンのギリギリまで都チジでおった方が、諸々、「発言力&影響力」は保持デキただろうからなあ。
#で、今日(=10・25)、既に死刑がシッコーされた久間三千年・元被告の、飯塚ジケンの弁護団が会見して、ケンサツ側が出し渋っておったんかよ。被害者の遺体etcから採取された血液のDNA鑑定に使われた「ネガフィルム」を、改めて鑑定したところ、新たに、久間サン本人とは異なる「41-46型」のDNAの型が見つかったのかよ。
コイツは、ジケンが発生が92年と、まだ、DNA鑑定が始まったばかりで、コレまで、久間サンのDNA型とされてきた「16-26型」ってのは、あの足利ジケンで証明された、チョー精度が低い「MCT118法」によるものだったのかあ。このMCT118法ってのは、サッチョウの科警ケンがカイハツしたんかいなあ。当初は「科学ソーサの最先端!」ってことで、「ハンニン炙り出しの最終兵器」と、さんざん、マスコミが持ち上げておったんだよなあ。
ふーむ、このMTC118法ってのは、1番染色体の「MCT118」っていうところに出てくる塩基の繰り返ししか調べんから、全然、精度が低いんだな。「161人に1人」は別人の確率かよ。だから、もう、今では、このMTC118法ってのは、使われておらんってのはもちろんだが、この方法自体、今や「証拠能力ナシ」と言ってもいいんだな。
#「上」の続きだが、現在のDNA鑑定は、13対の染色体で15ヵ所の塩基の繰り返しを調べる「STR法」(STRとは、「Short Tandem Repeat」の略で、「繰り返し表れる領域」の意)が主流で、そのMTC118法とは、精度が天地ほどの差があるのか。あー、そのSTR法だと、別人の可能性は「4兆7000万人に1人」以下にまで下がるのか。
各紙の電子版の記事を読む限り、どういう方法で、今回、この「41-46型」のDNA型が出てきたのかは、ようわからんが、いずれにしても、コレまでにはなかった「真ハンニンに直結する、新証拠」が見つかったっていうことのようなんだな。
あれっ、その「MTC118法」だと、その足利ジケンの菅家サンも、飯塚ジケンの久間サンも、この「16-26型」だっていうハナシもあるのかよ? 誰か、もうチョット、詳しく中身を整理して欲しいよなあ。とにかく、原審のDNA鑑定は、ズサン極まりないってことだけは、間違いねえんだな。
#さらに続きだが、今度の飯塚ジケン、ほいで、足利ジケンにおける「DNA鑑定」と、一連のなりすましウイルスによる、オドシ書き込みジケンにおける「IPアドレス」なあ。いずれも、「科学技術の極致にある(ハズの)、デジタルな証拠」が、冤罪創出の切り札になっておるんだからなあ。「このこと」は、もっと、重く捉えられていい。
こうしたデジタルな証拠ってのは、「目に見えない」っていうのをいいことに、昨今の「コンピュータ崇拝」っていうんかいなあ。「識別能力がある」ってことを、あまりにも安易に鵜呑みにした結果、「別人」をハンニンにデッチ上げてしもうておるんだよな。
だから、今後、こうした「デジタルな証拠の可視化」っていうのは、必要不可欠だと思う。DNA鑑定であれば、そのデータ解析した写真etcだろうし、なりすましウイルスといったITハンザイにおいては、そのコンピュータのプログラムのソースコードだよなあ。ソースコードってのは、素人が見ても、なかなかわからないものではあるけれども、でも、そのテの証拠も、オープンにして、ビジュアル化するっていうことをせんとだわなあ。だって、「目に見えない」ものに、そもそも、証拠価値があるっていえるのかよ?
#もう少し続けるが、その飯塚ジケンで、真ハンニンに直結するとみられる、「41-46型」っていう、新しいDNAの型が見つかったっていうハナシだが、今朝(=10・26)各紙を見ても、どこもイマイチ、わかりにくいんだが、おそらく、こういうことなんだろうと思う。
今回、クローズアップされたのは、そのDNAの型を鑑定した資料が映ったネガフィルムだが、ケンサツ側は「サイバン所には、証拠として提出した!」ってんだが、ただ、そのネガ自体も、写したコマの枚数も膨大で、サイバン官も、また、弁護人も、そのネガフィルム自体を、いちいち、見たワケぢゃあねえんだよな。
で、ケンサツ側は、それと一緒に焼き付けた写真も証拠として出したんだが、それは、「それだけ」では、ニッポン人約1億2千万人のうちの「1人」であるとは特定できない精度の、MCT118法による「16-26型」ってんだろうなあ。ただ、どうも、ジケンとは無関係んところから採取されたものらしく、精度も低いから、あの足利ジケンの菅家サンとも、同じ型だってんだな。その意味では、ABO、Rh+-の血液型鑑定に毛が生えたぐらいの識別度と捉えていいぢゃねえかなあ。
だから、「コイツ」だけで、「その人本人である」と、ドンピシャリとは特定デキんでも、「真ハンニン」を絞り込むうえでは、有力な物証なんだと思う。その意味では、今回、新たに検出された「41-46型」ってのは、ハンニンに直結する遺留物から採取されたDNAから判明したっていうことではないんかなあ。
#まだ続くが、「冤罪防止の切り札」として、三井環のオッサンは「取り調べの可視化」と合わせ一本で、「残証拠の全面開示をヤレ!」と言ってるんだよな。っていうのは、このテの冤罪ジケンには、必ず、ソーサ当局による「隠蔽」がセットでくっついておるからな。つまり、「腐れケンサツにとっては、都合の悪い証拠」ってのは、もし、それがオモテに出たら、「有罪の立証が崩壊する証拠」のことだが(笑)、コイツを「必ず隠す」ってんだな。
で、今回、クローズアップされた、DNA鑑定の記録を写した「ネガフィルム」だが、ケンサツ側は「ワシら、隠しておらん、サイバン所に出したぢゃないか」と文句を言っておるそうなんだが、そもそも、そのネガを見たところで、素人には何もわからんし、そんな膨大なコマ数を全部、チェックできるわけねんだからな。
だから、実際、ソーサ当局がヤッたのは、そこから都合のいいところだけを、ほんの一部だけ引っ張り出してきて、それを焼き付けた写真だわなあ。ココに「16-26型」っていう、あの足利ジケンの菅家サンとも同じだったっていうDNA型が、この飯塚ジケンの久間三千年サンも、「この型や!」にされてしもうて、「それ」が今回、有罪にしてしもうたチョー有力物証になったんだと思う。であれば、こんなもん、「決定的な証拠を隠蔽した」と同義だ。
あー、弁護団の主張では、この「16-26型」ってのは、ジケンとは無関係の遺留物から検出されておったっていうのかよ。たぶん、この真ハンニンに直結するっていう「41-46型」のDNAの型は、サッチョウの科警ケンも、どうせ知っておったくせに、わざとネグって、写真に焼き増しせんかっただろう。
であれば、今回、弁護団の血のにじむような執念で、こうした新証拠が出た以上、福岡チサイの再審請求審は、早く、「再審開始」のケッテイをすべきだ。既に、被告人自身は、原審では有罪が確定し、あの森英介の死刑シッコー命令によって、既に、この世にはいないが、しかし、ありとあらゆる手段を通じて、名誉回復の措置を取らなければならない。それが、民主シュギ国家における「法の正義」というものだ。
#で、昨日(=10・26)、東京チサイで、イスラム公安テロ情報本(『流出「公安テロ情報」全データ イスラム教徒=「テロリスト」なのか?』)の刊行について、出版の差し止めと損害賠償を求めたサイバンのハンケツがあって、ほぼ原告側の言い分を認めて、差し止め請求はもとより、版元の第三書館と北川明社長に対して、3520萬円(請求額5280萬円)を支払うよう命じておったんだな。しかし、ホンマ、コイツは「言論、出版、報道、表現の自由」を抑圧する、トンデモないハンケツだ。
確かに、コイツはそもそも、ネット上に流出しておったのを、1冊の本にまとめたもので、本来、「セキニン追及すべき大悪党」は、流出元の腐れケーサツだからなあ。んで、最終的に、サッチョウも「アレは、ウチから漏れました」と渋々認めたのは、今回、第三書館が本にしたことで、それに対して、出版差し止め請求が起こって、余計、「世間で大騒ぎになった」からだからなあ。
ただ、今回、「プライバシーの侵害」だけに焦点が当てられておるが、今回の「ケーサツ情報のダダ漏れ」がもたらしたものとは、その本を見てもわかるとおり、ケーサツ当局がイスラム教徒をここまで過剰敵視し、監視して、いろんな個人情報をかき集めておったかで、そうした「人権弾圧の実態」を暴き出したことだ。そうした記録は、1冊の本にして、残す意味がある。
それゆえ、ワシは、今回のサイバンについて、「出版の差し止め」までをも要求し、サイバン所もそれをまるまる認めるということが、最早、狂ってるとしかいいようがない。本来、セキニンを取るべき、ケーサツ当局が「知らぬ顔の半兵衛」を決め込んで、のうのうとしとるんだからな(怒)
#「上」の続きだが、思ったのは、原告側の弁護団だが、イッパン的に「人権派」と呼ばれている弁護士だが、その寺澤有んところのインシデンツが刊行した『福田君を殺して何になる』について、全く同様の対応をした安田好弘一派と共通するところがあるように思う。確かに、足場は「反ケンリョク」なんだろうが、体質的には「ケンリョク」とほとんど変わらんっていう印象を持つ。じつは、あの垢レンガと変わらんのぢゃねえかっていうカンジさえする。
もちろん、弁護士っていうか、司法に関わっている人らが、みんながみんな、そうだと思わんのだが、とはいえ、法律をメシの種にしとる人種ってのは、そもそも、そういう体質が、どこかあるんかいなあっていう気がする。発想の根底に、「何よりもまず、人を取り締まるために、ホウがある」っていうんかいなあ。「文学ブ出身」のワシからすると、そういうところに、本能的な違和感を感じるな。
あと、サイバン所のハンダンについては、「ま、こんなもんなんだろうなあ」っていうのが正直なところだ。コレに限ったハナシではないが、「トンでもハンケツ」ってのは、相変わらず、多いからな。国賠ソショウを見てもわかる通り、むしろ、マトモなハンケツの方が、少ない。
でも、何がどうあろうとも、こうした「言論、出版、報道、表現の自由」ってのは、「おかしいことは、おかしい!」と言い続け、それを「字」にしていく行為の積み重ねの中にあるのであって、「それ」は止めた瞬間に、潰えて消えてしまう運命にあるものだ。だから、サイバン所がどんなハンダンを出そうと、そんなもんは、ワシの知ったことではなく、己の全身全霊を賭けて、これからも「言うべきことを言い、書くべきことを書く」だけだ。
#そうそう、ハシストをまな板の鯉にした、『週アサ』の目玉連載「ハシシタ!」を1発目で打ち切ったジケンで、築地の本体の方は、昨日(=10・26)、週アサの編集チョーの更迭を発表しとるんだよなあ。コイツも、最早、狂ってるとしかいいようがねえよなあ。
何度も言うが、決定打は、ハシストが切った「朝日本体に対する取材拒否!」のカードだわなあ。コレで「キャイーン」って音を上げてしもうたよなあ。ただ、コイツは、朝日本体が「キシャ倶楽部」を抱えておるっていう点も大きいと思うで。もし、文春や新潮だったら、キシャ倶楽部は関係ねえんで、痛くも痒くもねえっていうか、最初から「のけ者」にされておるんで、ハシストに「鬼畜呼ばわり」された日には、「ぬあんだ、この野郎、もっと徹底的に、ケツの毛まで毟り取ってやる!」ってなっておっただろうからなあ。
ちょうどほぼ10年前、週アサの03・1・24号が、地村保志・富貴恵夫妻の「単独インタビュー」を載せたってことで、大騒ぎになって、要は、拉致ヒガイシャってのも、「キシャ倶楽部方式」で取材がコントロールされておったんだよな。それを抜け駆けしたのは「ケシカラン」ってことと、あと、週アサのキシャが「書かん」っていう約束だったのに、「字」にしてしもうたんかいなあ。それもあって、スサマジイまでの「週アサバッシングの嵐」になって、当時の出版ホンブ長だった大森千明は減給、編集チョーの鈴木健と担当デスクの山口一臣は停職10日の後、この3人全員、飛ばされたんで、ま、今回は、コレ以来の粛清劇だよなあ。
だって、拉致被害者&家族会(+救う会)に対するおべっかっていうか、タブーはスゴかったからなあ。ココも、意にそぐわん記事が出ると、すぐ、「取材拒否」をチラつかせるんで、それでマスコミは一律、「へへーっ」とひれ伏して、言うがまま。今のハシストとクリソツや。ま、このテの実態については、ワシの近著『<さるぐつわ>の祖国 北朝鮮拉致被害者たちはなぜ日本で「何もしゃべれない」のか?』(第三書館、ハードカバー・478頁、1800円+税)に余すところなく書いておるんで、興味のある人は、ぜひ、購入のほどを!
#で、今朝(=10・28)の産経に、昨日、東京都内の明治大であった「アジア人権人道報告会」という学会で、去年の11月の脱北したという元朝鮮労働トウのカンブが喋ったことには、「男性25人、女性16人の41人のニッポン人の拉致被害者が、今も平壌の招待所で監禁されている」ってことだな。
ただ、ココで言う「監禁」とは、手錠をはめられて、牢屋に閉じ込められておるというのではのうて、一般シミンの居住区からは離れたところで、生活レベルも、フツーの市民よりは「上」のレベルだろうが、買い物とかに出かけるのに、トウの「指導員」、つまり、監視が付いて、「自由には行動がデキん」っていう意味だと思う。
北のわがままおやぢが、父親(=金日成)の後継を確固なものとするため、その「手柄」を立てるべく、拉致をしマクったのは、70年代から80年代にかけてで、ニッポン人でも、「何の心当たりもないのに、突然、姿を消し、わがままおやぢんところに拉致されたとしか考えられない」っていう、所謂、「特定失跡者」だよなあ。具体的な人数に幅はあるが、「約70人」とか、「少なくとも数十人」という数字があって、だいたい符合すると思う。
#「上」の続きだが、そのニッポン人の拉致被害者だが、その横田めぐみとか、有本恵子とか、要は、ニッポン政府がお墨付きを与えて、「公式認定」した以外にも、このようにイッパイ、おるんだよな。こうした人たちには、コレまで、ほとんど全くといっていいほど、スポットライトが当てられることが、なかったんだよな。
コイツはワシの本(『<さるぐつわ>の祖国』)にも書いたんだが、具体的に拉致認定を行っておるのは、サッチョウなんだが、例えば、84年6月に、「図書館に行く」と行ったまま行方不明にあった甲府市の山本美保さん(当時、齢20)のケースでは、04年3月に、「そのころ、山形県内の海岸見つかった女性の水死体が、山本さんだ!」と、ケーサツが、その「デタラメDNA鑑定」をもとに、断定して、キシャ発表しとるんだよな。
で、その白骨化した女性の死体と、山本さんとでは、身長や胸のサイズが全然、違っていて、また、山本さん本人はなかった前歯の治療痕が、その死体にはあったってんだな。サッチョウっていうか、政府全体が、「コレ以上、正式な拉致認定はしとうなない!」と、こうやって意図的にネグって、ウソ八百をデッチ上げておるんだよな。その「決め手」にしたのが、また、あの「DNA鑑定」なんだな。
だから、DNA鑑定ってのは、自分たちに都合のいいように捻じ曲げるために、「目に見えない」ってのをいいことに、ホンマ、デタラメがスんゴイんだな。連中ってのは、脳味噌の髄まで腐りきっておるから、こういうことを平気でヤラかすんだよな(怒)!
#さらに続きだが、ホンマ、拉致被害者ってのも、「政治のオモチャ」として玩ばされてきたと思うよなあ。確かに、北のわがままおやぢんところがヤッた拉致というのは、許せない。しかし、そこでただ、「ケシカラン、ケシカラン!」と目を吊り上げて、罵倒したところで、被害者は戻ってこない。
それと、拉致されてから、もう20年とか、30年以上の年月か経過して、横田めぐみみたいに強制収容所送りにされずに、生きているのであれば、だいたい、向こうで結婚させられて、子供がいると思う。そうした時間の経過の中で、「生活の基盤」が北朝鮮にズッポシと入ってしもうておるんで、まずは、そういう現実を見ることが大事だと思う。
だから、「拉致モンダイを解決する」といっても、とにかく、「返せ、返せ!」と連呼するだけでのうて、そうやって、他にも仰山おる、拉致されたニッポン人がナンボおって、今、どういう状況にあるのか、情報を吐き出させることから、だろう。向こうは、要は、「人質」なんだから、出すもん出さんことには動かんのだが、「そこ」は交渉しかないだろう。韓国も、2MBのおやぢが、もうすぐクビになるんで、それで、空気が入れ替われば、また少し、動きが出てくるかもしれない。
