三井環氏の公判の最終弁論に行ってきました |
朝の10時に開廷することに加えて、いつ、「銭形金太郎」に出演してもおかしくない、相変わらずのビンボーライフを満喫していることもあって(苦笑)、最近、雨後の筍のごとく出てきた関西まで片道4300円の激安夜行バスに揺られ、大阪入りしました。
大阪はかれこれ10年も前、私が毎日新聞時代に、大阪本社の社会部で1年半、住んでいたこともあって、時々、こうやってフラリと訪れると、また、懐かしいものがあります。
三井氏の公判を傍聴するのは、じつは今回が初めてで(もし、東京だったら毎回、足を運びたかったところですが)、約100席近い傍聴席も、今回は弁護側の最終弁論とあってか、かなり埋まっていました。
三井氏とは開廷前に「やあー、どうも」とあいさつを交わすと、「今日の弁論は長いで。夕方までかかる」と言っていて、確かに結果的にお昼の1時間あまりの休憩を挟んだ以外は、10人いた弁護団が200頁を越える膨大な弁論書を交代で読み上げるという光景でした。
この最終弁論書は、公判前日というか、日付が変わって当日の未明の午前2時までかかって弁護団がまとめ上げたというもので、私も法廷で聞いている限り、腐れ検察側のデッチ上げに対して、ほんとくどいくらいに、「これでもか、これでもか」という感じで、細かな事実を積み上げて反証しています。
聞いていて、論理的に十分、裁判官を説得できる内容であったのは言うまでもないですが、具体的な関係者のナマの証言も盛り込みながら、これを聞いているだけで、いかに検察側の立証がいい加減だったかが浮き彫りになっています。
これで裁判が結審し、判決は来年の2月1日の午前10時から、同じ大阪地裁の201号法廷で言い渡されますが、今回の裁判のポイントを、シロートの皆さんにもわかりやすく解説しますと、最大のポイントは三井氏&弁護側が主張した「公訴棄却の判決」を裁判長が言い渡すことができるかどうかです。
一般に刑事裁判は、検察官が起訴した事件について、被告側が起訴事実を認めるのであれば、審理はスピーディーに進み、だいたいが起訴状記載の公訴事実を裁判官が丸写しする形で判決文が“量産”されますが、もし、被告側が争う場合は、初公判で検察側の起訴状朗読の後に続く被告人の起訴事実の認否の段階で、「起訴状に書かれていることは真実と全く異なります。私は無実です」と宣言して、「検察VS被告」の法廷バトルの火蓋が切って落とされることになるわけです。
んで、今回の三井氏の不当逮捕、起訴について、いかにいい加減であるかは、既に2月の私の本サイトの連載「悪の検事総長・原田明夫の権力犯罪を弾劾する——三井環不
当逮捕は現代のドレフュス事件である」を参照して頂きたいですが、今度の公判で三井氏が主張しているのは、「無罪判決」ではなくて、「公訴棄却判決」なのです。
もし、今度の判決で裁判長が勇気を奮って、「公訴棄却判決」を言い渡した場合の「重要性」とその「意味」をきちんと指摘していた人は誰もいませんので、あんまりアタマの良くない新聞各社の大阪社会部の司法担当記者が、夕刊用の予定稿を準備する際、“特オチ”しないよう(笑)、私がここできちんと説明しておきます(ジャーナリズムの中で、このことをちゃんと解説している人はこれまでに皆無ですので)。
一般に起訴(=公判請求)された刑事事件というのは、そもそも例の“判検癒着”という全体状況もあって、その99%が「有罪」になるといわれています。
んで、その例外の約1%で、「レアケース」ともいえる「無罪判決」が言い渡されることが時々あるのですが、それは検察側が起訴した犯罪事実に対して、被告弁護側が反論し、その言い分を裁判官が認めた場合においてです。
このように、一般に刑事裁判においては、起訴された事案に対して、裁判官が「有罪」か「無罪」かを判断し、有罪の場合はその量刑(実刑にするか、執行猶予を付けるのかの判断も含め)を言い渡すのです。
ところが、です。
今回の三井氏の刑事裁判では、被告弁護側は、ぬあんと「無罪判決」ではなく、「公訴棄却の判決」を求めているのです。
この「公訴棄却の判決」とは、刑事訴訟法の第338条にあって、次に掲げる4つの条件のいずれかに該当する場合は、裁判官は「公訴棄却の判決」を言い渡すことができるのです。
1 被告人に対する裁判権がないとき
2 公訴の取り消しによる公訴棄却の決定が確定した後、犯罪事実に関する重要な新証拠が発見されないのに、起訴したとき
3 同じ裁判所に、同じ事件が二重に起訴されたとき
4 検察官の起訴の手続きに、重大な違法があるため、起訴が無効であるとき
んで、三井氏の逮捕、起訴は、この刑事訴訟法の第338条の「4番目」にあるように、法務・検察の裏金、すなわち調活(=調査活動)費の不正流用の実態を内部告発しようとしていた矢先、テレ朝のザ・スクープの録画撮りが行われる、まさにその当日の朝に、ありもしない“犯罪事実”をデッチ挙げて、身柄を拘束し、そして起訴に持っていっているのですから、地球上の誰が見ても、そこには「重大な違法性」がそこに存在するのです。
「三井氏逮捕」を最終的に決定したのは、02年4月20日、東京は三田にある法務省三田分室内にある「料亭かつら」における検察首脳による“御前会議”の場で、ここで検事総長・原田明夫と、その腰巾着である法務省事務次官・但木敬一(現・東京高検検事長)が、慎重論を押し切って「三井環逮捕」のGOサインを出したのです。
1億歩譲って、検察側が言う通りに「口封じではない。三井環の犯罪事実が発覚したので、それで通常に捜査して、逮捕に踏み切ったのだ」というのなら、三井氏を取り調べを担当した水沼祐治検事は、逮捕される前日の4月21日(ちなみにこの日は日曜日でもちろん検察庁もお休みです)に突然、呼び出され、「オマエが三井を取り調べろ」と上から指示されたというのです(笑)。
フツーは、たとえ三井氏が逮捕の際に適用された、警視庁公安部の捜査員も超ビックリしている“微罪”でも、ちゃんと内偵ぐらいはするのです。逮捕状を請求するとき、その記載の住所地に被疑者がちゃんと住んでいるのかという「所在確認」は、警視庁公安部でもちゃんとやっています。ところが、今回、三井氏の共犯で逮捕された組関係者の所在地と逮捕状記載の住所が全然、違っているのです。ここまで来ると、もうギャグとしかいいようがないでしょう(もちろん、被告側の最終弁論では、こういう事実を列挙しつくした上で反証しています)。
ですから、今度の三井氏の公判では、この刑訴法の第338条に基づき、「今回の逮捕、起訴自体に重大な違法性があるため、逮捕・起訴そのものが無効で、こうした違法な起訴は憲法第14条に定められた『法の下の平等』に反する。よって裁判所には公訴棄却の判決を求めます」——ということを被告弁護側は主張してきたのです。
さて、ここからが重要ですが、今回の三井氏の裁判で、「無罪判決」と「公訴棄却判決」とでは、いったいいかなる意味の違いがあるのでしょうか?
そのヒントは、前回の9月28日にあった検察側の論告求刑を見ればイッパツですが、腐れ検察は「血税詐欺犯」としての自分たちの悪行はタナに上げておいて、「いかに三井環が暴力団関係者のツルんでいて、昼間からラブホテルでデート嬢の接待を受けているような、悪徳検事であるか」とあげつらうことに熱心で、被告弁護側が主張していた、今度のデッチ上げ起訴の根幹にある「調活費」(=法務・検察の裏金)の存在については、ぬあんと、「チョーカツ」の「ち」の字の一言も出てきていないのです(笑)。
つまり、どういうことかというと、「公訴棄却の判決」というのは、裁判所が「こうした今度の三井氏の逮捕、起訴そのものが違法だった」ということを認めることですが、このことはすなわち、「元祖・悪の検事総長 原田明夫」以下、法務・検察首脳がグルになって三井氏を口封じのために逮捕、起訴したということを認めることであり、そのことは、「調活費」、すなわち、「法務・検察の裏金」の存在を裁判所が認めることに他ならないのです。
ところが、「無罪判決」となると、「起訴された犯罪事実について、吟味を重ねた結果、やっぱ証拠薄弱で、有罪を下すだけの根拠に乏しい」と触れるだけでチョーOKなのです。
つまり、「無罪」を言い渡すのであれば、今度の「三井氏逮捕、起訴」の違法性にまったく触れなくても、公判請求された起訴事実にのみ絞り、それが有罪か無罪であるかと検討するだけで、判決文が書けるのです。ですから、今度の逮捕自体が不当であったかどうかについて、裁判所が敢えて判断する必要はないのです。
んで、こうした刑訴法第338条に基づく、「公訴棄却の判決」というのは、これまでに最高裁が「一般論として」認めたケースは存在するのですが、今回の三井氏の事件のように、個別具体的なケースで「起訴自体が犯罪行為だった」と認めたケースはないのです。
ですから、今度の三井氏の事件の判決は、私のようなシロートだけでなく、ジュリストや法学セミナーに日頃から親しんでいる法律おたくの方々にとっても、結構(というか、かなり)、注目されるものなのです。
それはもとより、もし、裁判所が「公訴棄却」の判決を出した日には、はっきり言ってこれはもう「革命」です(笑)。原田明夫が総指揮し、法務・検察の首脳がグルになって三井氏に対して行った「組織犯罪」に対して、裁判所がはっきりと「正義の鉄槌」を加えることになるからです。
じつは、この4月の人事異動で、裁判長が代わり(あと、右陪審の判事も)、三井氏逮捕にウラで動いた関西では大物ヤメ検の荒川洋二(元大阪高検検事長)の証人申請を認めたり、保釈後にザ・スクープで三井氏が証言したビデオテープも証拠に採用するなど、非常に丁寧に事実関係を洗い直して、審理を進めようとしている努力が伺えるのです。
で、公判を傍聴した私のトータルな心証では、少なくとも「無罪判決」は十分に行けると踏んでいます。
というのは、今年に入ってから、対岸にある“お隣”のケーサツで、北海道警を皮切りに全国の警察本部であれだけ裏金問題が火を噴き、世論の流れも「だったら、ケンサツも裏金を作っていなかったワケないじゃん」というふうになっています。
また、検察の調活費を巡り、図らずも三井氏の論告求刑公判と同じ日に仙台高裁であった、仙台市民オンブズマンが調活費に関する文書の不開示を決定した処分を求めた訴訟の判決で、事実上、不正流用を認め(文書の開示請求については退けましたが)、“実質勝訴”を言い渡すなど、「外堀」は埋まってきています。
ですから、大阪地裁的には、「無罪判決」を出したところで、社会(=世論)がけ
入れる素地が十分できていますので、特に問題はないというのが私の考えですが、そこからさらに一歩、踏み込んで、「公訴棄却判決」となると、ちょっと勇気がいるのではないかと思います。
今後、裁判員制度が導入され、一般の人も刑事裁判の審理に参加できるようになりましたので、「私自身がもし裁判員として、もしくは裁判官だったとして、今回の三井氏の事件をどう判断するか」というのは、公判を傍聴しながら、何度も考えました。
三井氏に対する私個人の思い入れを差し引いても、さすがに今度の事件で「有罪」は無理がありますが、「無罪」を通り越して、「公訴棄却」というのは、私が裁判長であっても勇気がいると思います。
というのは、法務・検察に対する配慮(遠慮?)というより、「公訴棄却」という判決自体が、そもそも「前例」がないからです。
ジャーナリズムの仕事もそうですし、まあ、ありとあらゆる世の中の職業がそうですが、前例のない、いわば「前人未到の荒野」に切り込むというのは、本当に勇気が必要だからです。
私もそうですが、まだ誰も書いていない、際どいネタをスクープで打っていくということは、ものすごいプレッシャーと緊張感があります。しかし、特に私の仕事はこうした緊張感というか、プレッシャーがなくなったら、終わりだと思っています。
確かに、私はとりわけこの「99年体制以降」の政治状況にうんざりとして、確かに絶望の一歩手前までは来ましたが、しかし、「希望」は常に私の胸の中にはあります。
刑事と民事ではジャンルが違いますが、確か3年前でしたか、ハンセン病の行政訴訟で、国の責任を認める判決を出すなど、デモクラシーの根源にある「三権分立」の機能をいかんなく発揮し、行政権の暴走に司法(=裁判所)が断固としてストップをかけているケースもちゃんとあります。
これは私の持論ですが、「生きている限り、必ず希望はある」と。私もこの日本という地に生きている人間のひとりとして、今度の三井氏の事件においては、裁判所の勇気と英断を切に望む次第です。
さて、最終弁論の方は、審理の最後を締めくくる形で、三井氏が用意したペーパーをもとに、こう裁判官に訴えました。
「確かに私にも反省するところはあります。しかし、第1回の公判から申し上げてきましたように、今度の私の逮捕、起訴は口封じが目的であり、裁判所におかれましては、真正面から判断し、無罪以上に公訴棄却判決を出すよう、望みます」
午前10時から始まった公判が終了したとき、裁判所の時計の針は午後5時3分を指していました。
その後、三井氏が弁護団と一緒に裁判所内にある司法記者室で会見に臨んでいます。どうせ、どこのマスコミもきちんと伝えていないので、そのやりとりの要旨をここに収録しておきます。
記者 公判を終えて、今の心境を聞かせて下さい。
三井 こういった起訴のあり方、こうした(ひどい人権侵害は)もう2度とやって欲しくない。(調活費という裏金づくりを隠すため、今度の逮捕、起訴は)検察幹部の犯罪だったのですから。こんなことは許されえることではありません。初公判から2年3カ月、弁護団のおかげで真相が明らかになったと思っております。あとは裁判所にきちんと判断してもらいたい。それだけです。
そして、検察のリークに基づいて、みなさんの手によって(事実無根の)記事を書かれました。マスコミの皆さんも、何が真実かをきちんと見据えて、裏付けを取って報道して頂きたい。
(こうやって私は不当に逮捕、起訴されましたが)私は心が痛んでおりません。しかし、原田明夫・前検事総長、そして、私を起訴した(主任検事の)大仲土和(=現・神戸地検刑事部長)は、いま、さぞかし心が痛んでいるでしょう(笑)。
私は、起訴事実を否認したため、325日間も拘留されました。人質司法というのはダメです。
記者 検察側の論告求刑公判では、調活費については一言も触れられていませんでしたが?
三井 調活費について、原田前検事総長、森山元法務大臣は、「事実無根」と言っています。だったら、私を名誉棄損で逮捕すればいい。私の言ってることがウソであれば、名誉棄損で私を逮捕しなければならないでしょう。原田前検事総長は、(相変わらず)のうのうと生活している。裏金問題はまた、忘れた頃にやってきます。公安調査庁とか、別の項目で流れている。
記者 現役検察官からのコンタクトは?
三井 一切、電話も手紙も誰からもありません。それが組織でしょ(笑)。
