三井環(元大阪高検公安部長)氏への「裏金公表阻止を狙った口封じ逮捕劇=冤罪事件」を徹底的に弾劾する |
#で、「下」の「ムネムネ上告キキャクのケッテイ」の続きだが、アレは、ちょうど、2年前の08年の8月末だったなあ、三井環のオッサンんときもそうだったが、「タタカイは、コレで終わったわけではない」と。というより、むしろ、「本当のタタカイは、コレから!」だよなあ。三井環のオッサンのジケンもそうだったが、ムネムネのジケンも、こんなもんは、イッパンの「刑事ジケン」なんかでのうて、「政局ソーサ」によって、「政敵」を葬り去るのが目的の「政治ジケン」だからなあ。だから、そもそもが、マトモなジケンぢゃねえからなあ(笑)。ゼネコン汚職で、実刑を食らって服役した中村喜四郎も、シャバに出てからセンキョを勝ち抜いて、国怪に戻ってきたように、ムネムネの場合も、むしろ、「これから」だよなあ。
だから、ムショに入るにあたって、諸々の身辺整理っていうか、とりあえず、「ムネムネ新党」のジム所機能は残しておいて、誰か、1人は「連絡係」も置いて、「次の総センキョに備える体制」を、しっかりしておいて貰いてえよなあ。収監されて、最初の1━2ヶ月は、小菅で、それから、「配属先」が決まることになると思う。菱本家の6代目(=司忍)がおる府中は、再ハンとか長期刑が対象なんで、ムネムネの場合は、初ハンとか、比較的、刑の短い受刑者が対象の、もし、関東近郊であれば、栃木の黒羽や、三井環のオッサンのおった静岡とかだろうなあ。
服役中の三井環のオッサンとのやり取りで痛感したんだが、ムショに入ってしもうと、諸々、シャバとの「交流」がかなり制限されるんで、「タイホ&キソ勾留」んときとは、全然、違う。とはいえ、三井環のオッサンは、その中で「獄中連載」を、『創』で、ずうーっとヤッておったからなあ(笑)。たぶん、ムネムネも、最初は、面会は「月2回」だと思う。で、1回につき、3人までで、時間も1回につき、「30分」なんだよな。横に刑務官が付いて、やりとりをメモに取りながら、でも、時間が近づいてきたら、「あと、まだ、5分ぐらい、ありますよ」って、教えてくれるで。それと、「手紙のやりとり」も、外からムショに出すのは、ナンボでもOKだが、受刑者が、ムショの中から手紙を出すにあたっては、枚数、回数に制限が付くんで、そこが大変だろう。
だが、ワシは思うが、ムネムネも、三井環のオッサンと同様、「獄中ブログ」っていうことで、手紙に託すカタチで、引き続き、「ムネオの日記」も継続すべきだと思う。そうなると、せいぜい、更新は、「月イチ」程度ということになるだろうが、しかし、「タタカイは、これから!」っていうか、「既に、始まってる」んだから、自分の肉声を何らかのカタチで有権者に伝えるってのは、一番、大事だと思うなあ。
でも、こうやって書いておると、三井環のオッサンのときを思い出す。ムショに手紙や絵葉書を出したり、1年3ヶ月の服役中に、ワシは、3回も静岡まで面会に行ったからなあ。今でも、時折、出張取材で、JRの静岡駅のあたりを通過すると、懐かしく思い出す。最寄駅は、距離的には、静岡より1つ東京寄りの「東静岡」で、ココからチョット、歩くんだが、散歩がてら、トコトコと歩いて、ムショまで行ったなあ。ムネムネも、「獄中記」ってことで、また、本を書くべきだと思う。
#あと、今回のムネムネの「上告キキャクのケッテイ」だが、あの赤坂サカスTVの「23クロス」で、官房キミツ費の、98年秋のオキナワ県知事センキョにおける「3億円投入」を、「顔出し」で喋ったことについて、「このままシャバに出しておくと、また、余計なことを喋りそうだから、塀の中に放り込んで、口封じしろ!」っていう、「一蓮托生の連中」の思惑も、そのバックグランドとして、あったんだろうなあ。それと、もう一つは、ムネムネが、三井環のオッサンの「よき理解者」であるため、あの腐れケンサツに、平然と歯向かっておるっていうことも、当然、あるだろう(笑)。ワシの見立てでは、小沢は、角栄やムネムネほど、ハラは座っておらんからなあ。たぶん、小沢は、今度の「上告キキャクのケッテイ」にあたって、ションベンをチビらせたと思うなあ。
で、未決勾留の算入日数が「220日」ってことは、実際の服役期間は、「730-220=510(日)」になるんだな。ってことは、「1年5ヶ月弱」かあ。「510日」の3分の1っていうと、「170日」やから、年内収監の後、早けりゃ、来年(2011年)の前半にも、シャバに戻っては来れるんだな。ワシ、うかつにも忘れておったが、実刑を務め上げて、シャバに出てきた後、「5年間」は、被センキョ権が剥奪される、つまり、センキョに立候補できんのだよなあ。その意味では、年齢的なものも含め、この「5年間の被センキョ権剥奪」が、一番、厳しいなあ。今、ムネムネは62歳かあ。最短で、永田町復帰は、「7年後」、つまり、69歳ってことだよなあ。
コレと同じケースで、田中角栄の場合だが、角栄のロッキード事件については、脳梗塞で倒れて、政界引退に追い込まれたものの、存命中については、隼町は、「司法ハンダン」を出せんかったんだよなあ。だから、角栄のジケンについては、「ヒコク人死亡による、公訴(=キソ)キキャク」(=刑訴法第339条の4)ってことで、ケリが着いてるんだよなあ。それを考えると、セー権与党の常任イイン怪の「委員チョー」におっても、サイテー裁の「司法ハンダン」を覆せんっていうのは、通常は、考えにくいんだよなあ。
ま、ワシの推測だが、小沢イチローが、今度の代表センキョに菅に勝って、その勢いをかって、秋の臨時国怪で、「腐れケンサツのURAGANE追及」に踏み切ることに、チョー、ビビッたんかもしれんよなあ。だって、隼町と赤レンガなんてのは、そもそも、「サイケン一体」ってことで、「ニコイチ」なんだから、そこは、ズブズブっていうか、阿吽の呼吸ってことで、まず、ムネムネを塀の中に放り込み、「政治とカネ」のハナシを蒸し返すことで、「小沢の代表就任阻止」を確実なものにするっていう思惑も、当然、あっただろうしなあ。で、あとは、コレで、小沢のキン〇マを完全に握り潰すことで、「いいか、分かってるだろうな。くれぐれも、チョーカツなんて、国怪で取り上げようもんなら、こういうハメに追い込まれるんだぞ!」っていう、司法ヤクザ連中の脅しだよなあ(笑)
#ん、でも待てよ、ムネムネと同じサンズイ(=あっせん収賄)に問われた中村喜四郎の場合は、03年1月に上告キキャクで実刑が確定し、失職して収監されたが、翌04年に仮釈放され、05年の総センキョで返り咲き当選を果たしてるんだよなあ。コレは、ぬあんで、「5年間の被センキョ権剥奪」が付いてねえんだ? この後に、公選法が改正されたってことなのか? それとも、「恩赦」っていう、超ウルトラCで、「刑の言い渡し」自体が、チャラになったってことはねえのかなあ。
あっ、ひょっとして、中村喜四郎の場合は、ニッポン国憲法の「第73条の7」にある、「ナイカクの職務」による「政令恩赦」を、コイズミが、気を利かして、出したんかいなあ(笑)。だったら、ムネムネが、おそらく、刑期の3分の1が過ぎた段階で、仮釈放は可能になるんで、まだ、その時点で、民主トウ政権が継続しておるだろうから、そこで、「政令恩赦」を出せば、イッパツぢゃないか!
そうそう、 ワシが、ムショへ三井環のオッサンに面会に行って、ナンダカンダと四方山話をしたとき、「この冤罪ジケンを晴らすため、再審請求をするのか?」って尋ねると、ポロッと、こんなことを言っておったんだ。「いや、恩赦がある」ってなあ。そのとき以来、ワシのアタマの片隅に、この「恩赦」っていうコトバが、こびりついて離れなかったんだよなあ。つまり、恩赦が適用になると、「刑の言い渡しそのもの」が消えて、全部、チャラになるんだよなあ。だったら、この際だから、三井環のオッサンの「口封じ逮捕ジケン」についてもだな、ムネムネと抱き合わせで、ピャーッと「政令恩赦」で、チャラにしちゃおうよ!
#ほいで、ムネムネの「上告キキャク→実刑確定」に伴う、「出所後、5年間の被センキョ権の停止」だが、自治ショウのセンキョ課に電話して聞いたら、コイツは、94年の公選法改正に伴い、「第11条の4項」ってことで新設されたもんで、99年の再改正で、「さらに、プラス5年」ってことで、現在は、「10年」ってんだよな。ムネムネの場合、タイホ容疑の中でも、「被センキョ権停止」に引っかかる「サンズイ」の部分については、ジケンの発生が「97年から98年」と、ホウ改正後の「94年以降」になるんで、モロ、この「5年間停止」に引っかかってしもうんだな。
で、中村喜四郎の場合は、同じサンズイでも、最初のホウ改正の「94年」より、以前のハンザイ行為なんで、「5年間の被センキョ権停止」が適用されずに済んだため、ピャーッて、「復活当選劇」が可能だったってことなんだなあ。だから、繰り返しになるが、ムネムネの場合は、「94年のホウ改正後」のケースなんで、この「公民ケンの5年間停止」が、モロ、付いてくるんだなあ。であっても、ワシは、ムネムネについては、「上」で書いた「政令恩赦」の対象となってもエエ思う。
というのは、確かに、腐れケンサツの政局ソーサによって、一度は、政治的に葬り去られたものの、しかし、「センキョ」という民意を発露させる手段でもって、「当選」してきとるわけだからなあ。そういう現職の国怪ギインは、「任期をまっとうさせ、きちんと仕事をしてもらう」っていうことこそ、まずもって、有権者に対する「責務」であり、「恩返し」でもあるわけだからなあ。
確かに、ムネムネが、過去において、いわゆる「経世会的」な政治家であって(っていうか、「経世会そのもの」だったが)、カネにキレイであったとは、誰も思っておらんが(笑)、しかし、今度の「国策ソーサ」によって狙い撃ちされ、地獄の3丁目を覗き見たことによって、「極めてまっとうな政治家」として、立派に再生を果たしてきておると思う。一度、タイホ、キソされて、ムショに放り込まれたら、「人間失格」のレッテルを貼って、社会から葬り去ろうとする考え方こそ、極めて不健全であり、かつ、危険ですらあると、ワシは思う。
その意味では、ひとりの人間において、「60代」というのは、まだまだ元気で、とりわけ、「政治家」っていう職種というのは、「働き盛り」でもあるわけだから、そういう人材に対しては、何がしかの「配慮」があって、しかるべきだと思う。「刑期」を務め上げれば、とりあえずは、「過去の償い」は果たしたことにはなるわけだし、ましてや、ムネムネの場合は、「無罪」、「冤罪」を主張しておったケースだからなあ。ワシは、「政令恩赦」の適用による、「被センキョ権停止の消滅」があっても、エエと思う。っていうか、むしろ、積極的に適用して、ピャーッと、「チャラ」にすべきだと思う。
それにしても、ホウの再改正による、現行の「出所後、被センキョ権停止10年」ってのは、チョット、重すぎると思うよなあ。確かに、カネに汚い「汚職政治家」は、追放されるべきっていうのは、スジ論だが、こうなってしもうたら、「再起の可能性の芽」を、まるっきり摘んでしまうことにならんだろうか? むしろ、そのハンダンは、こうした法律なんかでのうて、「有権者の民意」、すなわち、「センキョ」に委ねるべきだと思うよなあ。
#今日(9・9)の発売の『実話』に、菱本家・最高顧問の「野上哲男」(=2代目吉川組組長)死去の報が、突っ込んであったなあ。ナニワは東淀川区の入院先の病院で、この「9・6」に亡くなったってことだが、確かに、病気がちであるとのハナシは出ておったが、でも、ここ最近、生死にかかわるような体調悪化は伝えられておらなかったことから、周辺では、相当の「驚き」をもって、捉えられておるってことだよなあ。ワシの「ジケンのブンヤ」としての経験則で、「デキ過ぎるハナシほど、ウラを疑え」ということに照らし合わせると、山健組の4代目(=井上邦雄)が、宅建業法イハンで、ご近所の兵庫県警に、身柄を取られた直後のタイミングだっただけに、まさか、チョー優秀な「弘道会の忍者部隊」が、ウラで暗躍しておったってことは、ねえだろうな?(笑)。アレは、確か、大相撲の八百長で、バクロ本を出しておった「大鳴戸」っていう親方だったっけかあ、現役時代の四股名は、「高鐵山」だったと思うが、それが、タニマチだったかと一緒に、同じ病院に入院しておって、2人が、ほぼ同時にヘンな死に方をしておった、「ジケン」もあったからなあ。
この野上哲男は、菱本家の「5代目」(=渡辺芳則)の時代には、「副本部長」という最高幹部で、「総本部長」だった岸本才三とともに、渡辺体制を支える「側近中の側近」だったんだよな。司忍を中心とした「弘道会」による、「5代目追放」という、「05・7・29」のクーデターの際、司忍を「6代目」に担ぎ出すカタチで、いわば、「寝返った」のが、この野上であり、岸本であり、さらには、この前、「菱本家のカシラ」である高山清司に「引退」の引導を渡された、滝沢孝(=芳菱会総長)だったんだよな。
つまり、弘道会の司忍を中核に、野上、岸本、滝沢といった「渡辺5代目の側近グループ」が結託し、いわば、寝返るカタチで、「山健包囲網」を敷くことで、「渡辺芳則追放」を、成就できたんだからな。ワシが、掴んでおる情報では、このとき、クーデター側が、「渡辺追い落とし」の決定打としたのが、「宅見勝・射殺ジケンの真相」について、「動かぬ証拠」を握って、それをチラつかせたっていうことだ。どうも、中野会(=中野太郎)は、「5代目の指示」を受けて、「宅見排除」っていう、「直接行動」に出たってんだよなあ。だから、それを裏付ける「電話の録音テープ」が、あったってんだよなあ。
で、司忍は、弘道会では「弟分」である、高山清司を菱本家のカシラに据え、「あと、留守を任せた」ってことで、服役に入ったんだが、しかし、この「5年間」ってのは、決して、短い時間ではねえよなあ。その「独眼流人事」で、「5代目追放劇」の功労者であった、「司忍以外の、3人」のうち、「長老組」の岸本&滝沢は、「引退」へと追い込み、また、司忍と、ほぼ同時期に「若頭補佐」に昇格し、ウマも合うておった「後藤忠政」も、高山清司は、「引退→出家」というカタチで、追い出したからなあ。
ワシは思うんだが、来年(=2011年)3月上旬の「6代目出所」にあたって、高山清司は、正式に「7代目襲名」を狙っておるんではないかと思う。おそらく、司忍は、「兄貴分」なんで、そこは、何とかハナシをつけて、新設の「総裁」というカタチで、1歩譲ってもろうて、菱本家の「跡目」の禅譲を狙おうておるんぢゃねえかなあ。んで、その際、「カシラ」については、後任を置かず、「空席」にするような気がする。だから、「弘道会帝国主義路線」を、さらに、ブイブイと突っ走るハラでおるんぢゃねえかなあ。
#ほいで、今日(9・10)の午後、大阪チサイであった、障害者団体向け割引郵便制度を悪用するための「ニセ証明書作成ジケン」で、厚労ショウ・障害保健福祉ブの企画課チョーだった村木厚子のオバハンに、下馬評通り、「無罪」のハンケツ(求刑懲役1年6月)かあ。腐れケンサツも、アレだけデタラメやって、ウソの上塗りをヤッておったんだから、当然といえば、当然のハンケツだが、コイツがあったんで、司法ヤクザの連中としてもだな、「バランスを取る」ためには、ムネムネのジケンについて、ぬあんとしてでも、このタイミングで、「上告キキャク」のケッテイをヤッておかなアカンかったってことやな。そうせんと、ムネムネがココで、「ケンサツ批判」で吠えマクって、それに便乗して、秋祭りに飛び入り参加しておる小沢も、さらに増長するからな。ケンシンの再ギケツにおいても、「ヨロンは大事」やからな(笑)
そもそも、この村木のオバハンのジケンを指揮した大阪チケンの特捜ブチョーは、いったい、誰だよ? まさか、三井環のオッサンの口封じ逮捕ジケンで、「贈賄側」の渡真利忠光の取り調べを担当し、「ワシの言う通り、調書にサインすれば、それでOKで、そうすりゃ、オマエの株も上がるで」って渡真利に持ちかけた、あの「大坪弘道」ぢゃ、まさか、ねえだろうな? ヒラんとき、「上の指示」で、こんなに上等に、「ないものを、デッチ上げる」ってことをヤリマクった大坪が、今度は、「部チョー」で、部下を指揮するポジションにいりゃ、「ないものを、あったこと」にして、ナンボでもジケンを「作る」なんて、お茶の子サイサイだからな。各紙大阪社会ブの司法担当キシャ諸君、そういう、腐れケンサツの「構造腐敗」にまでメスを入れた、「的確なカイセツ記事」を、ちゃんと、書いてくれよ!
#「上」の続きだが、ワシの見立てでは、今回の「政局ソーサ」、つまり、「国策ソーサ」のことだが、その目的は、小沢に近い「石井一」を葬り去ることだったと思う。今度のジケンで、「凛の怪」のカンブで、「倉沢邦夫」ってのが出てくるが、コイツが、石井の「私設ヒショ」だったことに目を付け、「石井一の口利きがあった」というふうに、ジケンを「デッチ上げる」ことが、まず、あったんだな。そこから、「登場人物」を適当にスリ替えていく過程で、どうせ、オンナってことで、生贄にしやすいと踏んだんだろう。「障害保健福祉部チョー・塩田幸雄→(同部企画課チョー・村木厚子)→同係チョー・上村勉」という図式にして、村木のオバハンをうまいことハメ込んどるんだな。この村木のオバハンの上司の塩田が、同じ讃岐人の元厚労副ダイジンの「木村義雄」と結託して、上村にニセ証明書を作らせておるんだからな。
だからだな、腐れケンサツも、村木のオバハンを控訴しとるヒマがあったらだな、「ジケンの真相解明」をすべく、この4月に、出身地の香川ケンの小豆島の町チョーに、「無投票当選」で逃げやがった、この「塩田幸雄」のおやぢとだな、その塩田に口利きした、同じ香川ケン選出の元衆院ギインで、この夏の参院センキョでも落選した、あの「木村義雄」の野郎もまとめて、身柄取ってだな、さっさとキソしろ、このアホンダラが! ったく、「さぬきの悪党連中」が、暗躍しマクっておるからなあ。だから、『四国タイムズ』発行人の川上道大のオッサンも、チョー怒りマクっとるわけや(笑)
で、今度の無罪ハンケツを受けて、コメントを出した「大阪チケン次席検事」は、あの「大島忠郁」かよ(笑)。この大島も、あの大坪弘道と一緒に、三井環のオッサンへの「口封じ逮捕ジケン」の、コーハン担当検事ぢゃないか! 渡真利の「デタラメ証言」を、オッサンのコーハンでヤラせるため、ン十回も、大阪コーチ所でションベン刑の服役中だった渡真利んところに、「リハーサル」をやっておった、あの大島ぢゃないか。しかし、「デッチ上げ」をヤリまくリンスキーの、「ハンザイ者=大坪&大島の悪党コンビ」が、揃いも揃って、この村木のオバハンのコーハンに関与しとるんだなあ。ったく、「いかにも」なハナシだよなあ。ま、腐れケンサツの面子に賭けて、コーソするんかいなあ。しかし、時間の無駄はもとより、そもそも、血税の無駄使いだよなあ。そもそも、三井環のオッサンの「口封じタイホ劇」に、モロ、関与した連中は、このように、皆、「出世しまクリンスキー」っていう、ジンクスがあるんだよなあ(笑)
#ムネムネ、村木厚子のオバハンの無罪ハンケツを受けて、今日(9・9)、地元のパーティーで、吠えマクっておるよなあ。国怪ギインの失職、収監、服役、んで、シャバに出てきて、被センキョ権停止5年を食らっても、「ムネムネ新党」の火は、消さんで欲しいよなあ。
ちなみに、一度、政界を引退しておったドゴールが、あの「アルジェリア危機」に際し、「再登板」したのは、1958年、「齢68歳」のときだったからなあ。センキョに出ておった、あの若いアイヌのおねえちゃんもおったことやし、ぜひ、「北の大地」から、「青雲の志」を受け継ぐ「若者」を、ムネムネ新党から、国怪に送り込んで欲しいよなあ。八代英太みたいなジイサンは、もう、エエから、むしろ、無名で構わんから、情熱溢れる、イキのいい若いのが、北斗の地にも、必ずやおると思うんで、そういうのを、チャレンジさせるよう、鬼コーチとして、ビシビシと鍛えて欲しいよなあ。
「5年」なんていうのは、アッという間だ。たかが、1度や2度の投獄で、挫けるな! 「希望」を持ち続けて、行動している限り、必ず、「次の展開」がある。ドゴールも言っておった。「希望の終わりは、死の始まりと思いたまえ」と。ドゴールは、倫敦亡命中、対独協力のペタン政権に、欠席サイバンで、「死刑」を宣告されおったが、そんなもんなど、平気で無視して、抵抗し続けた。人間、何が、大事かというと、ワシは、「信念」だと思う。岩をも砕き、火焙りにされても、決して「参った」とは言わない、執念と同じレベルの「信念」だよなあ。それこそが、不可能をも可能にし、奇跡を起こす原動力だと、ワシは思う。
#で、その村木厚子のオバハンの「冤罪ジケン」だが、コイツは、大阪チケンの特捜ブがオバハンをタイホした直後、「ハンニンのオバハンは、チョー悪人や!」って、当時、特捜部チョーだった「大坪弘道」の喋りを、ダーッと垂れ流した、各紙大阪社会ブの司法担当キシャ連中の「結果セキニン」は、当然、問われてしかるべきだよなあ。三井環のオッサンんときの、「ちょーかつ=腐れケンサツのURAGANE」について、鳥越俊太郎のオッサンんとこの「ザ・スクープ」のインタビューを阻止すべく、時の検事総チョー・原田明夫の指示で、「口封じタイホ」した際も、リークの垂れ流しで、「三井不動産」とか、凄まじい「人格攻撃」を、ヤッておったからなあ。
ま、ココで、「大シンブンは、ケシカラン!」っていう、上杉隆的な「総論」をブッたところで、連中、痛くも痒くもねえっていうか、何も言ってないに等しいからなあ。ま、他社はどうでもエエんだ。とにかく、ワシの出た「大毎社会ブ」は、この村木のオバハンがパクられた時の社会部チョーは、一体、誰だったんだ? 80年入社の増田耕一か? それとも、あの鈴木紅琢磨のオッサンと同期の82年入社の若菜英晴か? それとも、85年入社の黒川昭良か? 当時の社会部チョー、オモテに出てきて、その取材経過の詳細について、説明しろ。いいか、腐り切ってるのは、ケンサツだけぢゃねえんだ。この「大毎マフィア」どもの、救いがたいほどの退廃を、ちゃんと、テメエら、ジコ批判しろ! で、88年にワシが、入社直後(88年4月━7月)、最初に見習いで配属された大毎社会ブの遊軍チョーでおって、ワシにさんざん、「オマエみたいなデキの悪いのは、さっさと辞めちまえ!」って、連日、怒鳴りマクっておった「長谷川篤」(=現・竹橋ジョー務)、一言、コメントを出せ!(笑)。いいか、オマエらみたいな、何も考えておらん「社畜」が、このニッポンを奈落の底に追い落としておるんだ。分かるか?
#あと、今度の村木のオバハンの「無罪ハンケツ」を受けて、「特捜神話の崩壊」とか言って、大騒ぎしておるが、そもそも、まさしく、この腐れケンサツの存在そのものが、「神話=フィクション=幻」だからなあ。だから、連中は、その気になりゃ、ナンボでも「デタラメ」を平気でデッチ上げるんだからさ。「そこ」を見ないとだよなあ。
ましてや、全てが、「裏金内部告発」阻止が目的の、口封じのためのデッチ上げだった、三井環のオッサンのジケンを創作した、ゲンバの当事者の「大坪弘道」に「大島忠郁」が、管理ショクとして、この村木のオバハンのジケンの指揮をしとるんだからなあ。こんなもん、「マンガ」やし、むしろ、「起こるべくして、起こった」って、言うべきだよなあ。いやあ、司法ヤクザ的には、ムネムネの上告を直前にキキャクしておいて、よかったよなあ。コレ、ほうっておいたら、「腐れケンサツ批判」で、赤レンガは炎上して、組織崩壊のキキに立たされておったよなあ。
んでもって、総チョーが、三井環のオッサンと同期の24期の「大林宏」で、オッサンが、高松地検の次席でおったのと同時期に、札幌地検の次席で、裏金の帳簿のケッサイをしとって、「その全貌」を熟知しておるんだからなあ。ムネムネが、この秋の臨時国怪では、間違いなく、この村木のオバハンの無罪ハンケツと抱き合わせで、「ケンサツの裏金モンダイ」を追及しておっただろうからなあ。大林宏、チョー運がいいよなあ。クビの皮一枚で、助かったよなあ(笑)
