三井環(元大阪高検公安部長)氏への「裏金公表阻止を狙った口封じ逮捕劇=冤罪事件」を徹底的に弾劾する |
#で、今朝(=2・8)の毎日に、例のイスラム県による人質ジケンで、「交渉目前で決裂か」っていう見出しで、少し詳しめの解放交渉の経緯が、出ておったな。
それによれば、この「1・28」ごろ、あのヨルダンのオンナ死刑囚だったサジダ・リシャウイとの間で、交換交渉が成立目前だった可能性が出ておるってんだな。んで、イスラム県側との交渉では、英吉利の危機管理コンサルタント会社が関わっておって、シリア国境にあるトルコ南部のアクチャカレの東約5kmんところに、イラク系の有力部族であるドレイミ族の支配下のシャッダーダ村があり、後藤健二は、いったん、この村に連れて来られた可能性があるってんだな。ちなみに、ココは、バクダディの嫁ハンの出身の部族だそうで、そういうところも、諸々、つながりの1つであったかのしれんのだな。でも、最終的には、イスラム県内で意見対立があり、交渉は頓挫したらしい、とのことだ。
そういえば、ちょうど、このタイミングだったわな。ロンドンのアラブ系のメディアに、イスラエルの通信社が「後藤健二、近く解放か」と打っておったんだが、だから、ネタ元は、その「英吉利の危機管理コンサルタント会社」のあたりなんだろう。もっとも、コンサルとは言いながらも、ちょー報機関が入っておると思う。ま、その下請けっていうんか、身分を擬装して入り込んでおるっていうんか、そのへんはシャム双生児のように、曖昧模糊としとると思うで(笑)
#「上」の続きだが、今回の人質解放交渉において、ヨルダン側の交渉ルートは、次の4つはあったってんだな。①ドレイミ族といったスンニ派部族②イラクのフセイン政権残党③サラフィスト(イスラム厳格派)④トルコ政府。このうち、有力だったのは、①の「部族ルート」だったんだそうだ。
そこで、イスラム県ってのは、大きく、「イラク郡」と「シリア郡」に分かれておって、イラク郡の方には前身である「イラクの聖戦アルカイダ組織」と、フセイン政権残党の2つが中核となっておる一方で、シリア郡においては、反アサド軍陣営である「聖戦」に加わったシリア人や、外国から参加しておる部隊の2つがあって、要するに、アソコは「寄せ集めの所帯」なんだな。
ヨルダンのアモン通信のアルファイズっていう記者が、毎日シンブンに「人質ジケンでは(急進的な)シリア郡の影響力が大きかった。後藤健二殺害についても、『ケンジを囲んでいた連中が、シリア郡の所属だったからだ』」と喋っておる。ワシが、この記事から読み取れることは、イスラム県ってのは、全然、一枚岩でないんだな。その「イラク郡vsシリア郡」との間では、意思の疎通がないばかりか、足の引っ張り合いすらヤッておる可能性もあると思う。あー、そうか、あのヨルダンのオンナ死刑囚を囲っておったのは、たぶん、「イラク郡の所属」の方だったんだと思う。
で、コイツは、ワシの見立てなんだが、そのイスラム県ってのは、そもそも、上意下達の一体ソシキなんかではのうて、じつは、その4派が、バラバラに動いておるってことは、ねえのかよ?
よく、「『イスラム県』を名乗る武装勢力」っていう物言いをするんだが、やっぱ、洋の東西を問わず、ヤクザが動き回るには、「看板」、つまり、「組の代紋」ってのは必要なんだよな。どうせ、元々は現地の名もない盗賊集団なんだから、そこで、今、「イスラム県」っていう印籠(=あの黒い旗)を振りかざせば、世界中がビビりマクっておるんだからなあ。ちょうど、ニッポンでは、今年は菱本家の創立100年なんだが、ヤクザ組織がデキ上がっていくプロセスってのは、たぶん、こんなカンジなんだろうなあ(笑)
#おっ、常岡浩介、外務ショウが、シリア行きをマスコミに公言しておった、新潟市は信濃川ほとりの万代橋近くで、民宿「B&B風々」を経営しておるフリーカメラマンの杉本祐一(齢58)に対して、旅券ホウに基づき、「返納せんかったら、タイホするぞ」と恫喝して、パスポートを取り上げた件に絡んで、ようやく、ポロポロと身の上バナシを暴露し始めたな。
そうか、常岡の場合、その北大生ってのは、1回目の去年8月は、大司教が経営する、杉並のシェアハウスの同居人がパスポートを隠したため、シリア行きがNGとなったんだが、桜田門の外事3課のデカってのは、わざわざ、ご丁寧にも、北大生のパスポートを見つけ出して、本人に返還してくれておったのかよ。
いやあ、コイツはまさしく、公安ケーサツの十八番である「マッチ・ポンプ」そのものぢゃないか! 「そそのかし」っていうんか、ったく、おとりソーサだわなあ。コイツが、100歩譲ってだな、薬物密売ジケンで、そのシンジケートを一網打尽にすべく、こうした手法を使うってのは、まだ、理解デキんこともねえんだ。しかし、常岡の場合は、全く次元が違うっていうか、んもう、ハナシにならんわなあ。
だから、コイツはさ、ソーサ費(=URAGANE)を請求するリクツを作るために、常岡やハッサン先生をダシにしたっていうだけだわなあ。そうだよ、そうだよ、だったら、ココは、このド腐れケーサツをビシバシとシバキ倒すべく、常岡とツルみマクっておる「元祖・警察ストーカー」こと、寺澤有の出番ぢゃないか!
#で、第三書館から刊行されるブックレット『イスラム・ヘイトか、風刺か Are you CHARLIE?』(64頁、550円+税)、ワシも「目を背けないで、直視することの大切さ」と題する一文を書いておるんだが、今日(=2・9)、版元から刷り上ったばっかりの本が届いたで。
それで、まず、ざーっと中を見てみたんだが、コイツは既に時事電が記事で打っておったんだが、マホメット(預言者ムハンマド)とおぼしき人物の顔に、ことごとく、モザイクやボカシを入れておるんだよな。だから、本を送ってくれた御礼がてら、北川明社長と電話で少し話して、「いったい、コレはどういうことなんですか?」と聞いたんだ。そしたら、イスラム関係の学者とおぼしき人らと相談した結果、最終的には北川サンの判断で、こういうふうにしたとのことなんだが、ワシは「それはおかしい」と言っておいた。
一連のシャルリ・エブドの風刺画の中には、ハッキリ言って、「ヘイト画」としか思えないものも、一部にはある。ワシがもし、同紙の編集長だったら、そういう絵はボツにするし、また、ワシが出版社の版元だったら、今回、こういう形での転載による本の刊行はしないだろう。ただ、ワシも原稿の執筆依頼を受け、いろいろと、版元とやりとりする中で、「何よりもまず、現物を見てみないことには、始まらないではないか」ということが、今度の刊行の根本にあったんで、「だから、問題提起として、それは当然アリだろう」と、その趣旨を理解し、「字」にしたわけだ。であるなら、こんなふうに、モザイクを入れたり、ボカシをかけるというのは、おかしい。
#「上」の続きだが、今回のイスラム風刺画本の刊行にあたって、ある人を介してだが、同じ文筆でメシを食っている、いわば、仲間的な人から、「その本の刊行は止めた方がいいし、古川さんも、たぶん、原稿依頼があるかもしれないが、関わらない方がいい」とまで言われたんだな。
それで言えば、今度の刊行において、賛否両論なんてあるに決まっておるし、ワシもその本づくりに100%支持、共感して、原稿を引き受けたわけではない。あのマホメットと名指しした、ターバンを巻いた全裸のオッサンがケツを出して、そのケツんところに「星(☆)」を書き込んで、「スター誕生」とからかっておる絵(14頁)なんて、メッセージ性などまるでなく、まさに、「ヘイト画」そのものだ。しかし、そうした一連の風刺画、つまりは、「情報」だが、それをきっちりと公開し、見ないことには、「それ」をもとに、いろんな判断が、我々読者は下せんからな。
で、今度の第三書館の『イスラム・ヘイトか、風刺か』ってのは、そういう趣旨で本を編んでおるんだから、すべての情報をオープンにしないことには、意味はない。2010年のときの初版『流出「公安テロ情報」全データ イスラム教徒=「テロリスト」なのか?』のときもそうだったが、「ネット上に流出したデータを加工せず、そのまま本にすることに意味がある」と北川サンは言っておったんだ。今回もそれと同じだと思う。そんなんだったら、ぬあんで、マホメットだけ顔にモザイクをかけて、イエス・キリストは「顔出し」のままなんだよ。だから、「おかしい」んだ。
#さらに続きっていうか、今回の第三書館『イスラム・ヘイトか、風刺か』だが、シャルリ・エブドは、イスラム関連だけでのうて、キリスト教や、オランドや猿コジといった政治家もまな板の鯉にして、ピャーッと料理しておって、辛辣かつ、スパイスが効いてて、オモロイと思う。それで言うと、シャルリ・エブドの風刺画というのは、玉石混交だと思う。中には、ひどいものも含まれてはいるが、しかし、いいものもたくさんある。「そこ」は冷静に見ないと、だろう。
ただ、もう1つだけ、「コイツは、まさにヘイト画や」って思ったのは、61頁に収録されている「男女平等」というタイトルのもの(同紙2011年4月6日号掲載)で、間違いなく、フクシマでの原発事故をモチーフにしとるんだが、すっ裸で立っている1組の男女の性器が、それぞれ異様に肥大化して、ダーッと垂れ下がったふうになってて(まさに、ゾウの鼻のように)、「男女平等 核の力により実現した」とただし書きが入っておるんよな。
コイツはホンマ、トンデモねえの極致で、ま、侮蔑もいいところだ。だから、同紙の編集部の人間や風刺画家たちはもとより、おそらく、多くのフランス人の中にも、「イスラム教徒」であるとか、「東洋人」といったマイノリティーに対する蔑視が、間違いなくある。しかし、それというのも、実際に、こうやって、作品を自分の目で見ないことには、判断のしようもない。
もちろん、暴力という手段で、こうした表現の自由というものを押し潰すのは、言語道断だが、しかし、そういった敵愾心を起こさせる因子が、シャルリ・エブドの風刺画の中には、含まれている。「そこ」をきちんと見据えたうえで、「表現の自由とは、いったい、何か。また、なぜ、それは守らなければならないのか」ということを考え抜かないと、だ。
それで言うと、シャルリ・エブドに関しては、ホンマ、作品のレベルが玉石混交で、その落差があまりにも激しいんで、正直、ワシは驚いている。だから、それは、今回、初めて知り得たことなんだが、こうしたことも、なかなか問題が一筋縄では行かないというのか、チョット、複雑にしている要因だと思った。それゆえ、関心のある人は、ぜひ、この本を手に取って、じっくりと読み込んで欲しい。
#んで、関西の方からハナシが入ってきて、でも、妙に禅問答めいておってだな、「今、菱本家は毛利善長(毛利組組長、幹部・事務局長)、名古屋御殿は竹内照明(3代目弘道会会長、幹部)がガッシリと握っておる」とのことで、おそらく、細かい事務も含めて、それぞれこの2人が、取り仕切っておるってことなんだろう。
さらに曰く、「今は、7代目、8代目候補にどう禅譲するか、だ」ってんだな。ちょうど、今年の「7・29」で、菱本家は、5代目の渡辺芳則をクーデターで追放し、司忍をトップとする現・6代目体制が発足して、まる10年なんだよな。ただ、その「次の7代目」はまだしも、次の次である「8代目候補」ってのは、いったい、どういうことなんだろうなあ。
現在の菱本家のカシラである高山清司は、京都の同和のドンだった上田藤兵衛をヒガイシャ様とする、例の恐喝ジケンの上告を取り下げたことで、実刑が確定し、府中での勤めに入っておって、まだ、しばらくシャバに出てこれんわな。「トップの禅譲」といっても、菱本家のナンバー2はカシラなんだから、通常はカシラが昇格するんだが、そうやって、今は塀の中だしな。ちなみに、ナンバー3である統括委員長の橋本弘文(極心連合会会長)が、「カシラ代行」に就くかという憶測も流れてはおったが、そのままだしな。
ココで出てくる「8代目候補」ってのは、超特急で幹部(カシラ補佐の聴牌ポスト)に引き上げられた弘道会の3代目(=竹内照明)を指しておるんだと思う。おそらく、「弘道会万代路線」を敷くということなんだろうが、少なくとも、すぐに人事が大きく動く状況ではないと思うんだがな。ただ、今の菱本家の6代目(=司忍)が跡目を禅譲するということになると、本人の処遇はどうなるのか、だ。その場合、関東の組の住吉のように「総裁制」を導入するのか、どうか。引退しないのであれば、当然、総裁のポストに就くということなんだろう。
#それで、第三書館のブックレット『イスラム・ヘイトか、風刺か』(64頁、550円+税)の続きなんだが、絵のセリフの和訳を担当した、仏文翻訳者の井田善という人の「シャルリー・エブドとは何者なのか」という、冒頭の解説文が、同紙の成り立ちをはじめとして、今回、襲撃ジケンに至った背景について触れているので、とても参考になる。
んで、そこで指摘してあったんだが、シャルリ・エブドの画風が、よりカゲキ化していったのは、2011年11月に、イスラムのカゲキ派とみられる連中から、編集部の事務所に火炎瓶を投げ込まれて、建物が全焼しておったよな。だから、コイツが大きな契機となっておったってことで、「あー、そういえば、そんなこともあったよな」と、ワシは膝を叩いた。そこで、「ヤラれたら、ヤリ返す」っていうんか、「ペンによる復讐」ってことで、どんどんとエスカレートしていって、要は、アタマに血が昇ってしまって、風刺画を逸脱した「ヘイト画」も載せるようになっていったんだな。
それゆえ、収録された48点の作品には、タイトルとセリフに、すべて仏文和訳が付き、中には、個別に解説を施したものもあるので、それも含めて、じっくりと読み込み、考えることが大事だ。現物も見ないで、「ワーワー」と騒ぎ立てても意味がないどころか、有害無益ですらある。
#「上」の続きなんだが、今朝(=2・11)の朝日に、その『イスラム・ヘイトか、風刺か』が発売になり、「『風刺』と『侮辱』の間で、今、世間を騒がせておる」ってことで、「字」にしておったな。
記事を読んで、「へえーっ」だったのは、ワシと同様に解説文を寄せた大学教授が、締め切り直前になって、「実名→筆名」に切り替え、つまりは「顔伏せ」での投稿にしたってんだな。ってのは、「このこと」を知った地元のケーサツが、「それでは、警備をしませう」と申し入れがあり、ってことから、「勤め先の大学に迷惑がかかってもいけない」ってことだったんだそうだ。
でもさ、このブックレットの解説文の出稿は、じつは、ワシが一番早くて、んで、送信後に、朝日が「1・23」の朝刊で今回の刊行バナシを記事にしておったんで、「それで、ワシも解説を書いたで」ってココで報告しておるんだが、「警備のケの字」も聞いてねえからな。他の執筆者もそうだと思う。ま、人それぞれの判断だが、しかし、言論人というのは、「実名投稿」が原則だ。2ちゃんねるのカキコミなんかとは違う。
あー、コレはたぶん、「ムハンマドの画像表現禁止は可変的だ」という文章(23頁)を書いた「竹内光男(中東研究者)」だと思うんだが、別に、おかしな主張を展開しているワケではなし、こんなのを、筆名で顔伏せにする必要はないわな。
あと、オウムは麻原彰晃のケツを追いかけ回しておった森達也が、今度のシャルリ・エブドの襲撃ジケンについて、「言論の自由」を連呼する声への違和感を、朝日に寄稿しておったんだが、ぬあんと、その文章の転載要請を断っておったってんだな。どうせ、そういうブックレットの解説執筆陣に名を連ねることで、いろいろと文句言われる可能性があるかもしれんのを、ビビッとるだけわな、このアホンダラが!
#で、この「2・7」OAのTBSの報道特集で、ハッサン中田考センセイが、顔出しでアレコレと喋っておったんだが、あのイスラム県の連中が、湯川遥菜と後藤健二の処刑予告動画のupした後、現地のシリア人司令官であるウマル・グラバーと、スマホのトークアプリを使うて、メールや音声での情報のやりとりをしておったことを、明かしておったな。ウマルが言うには、とにかく、「時間がない」「ニッポン政府はカネを払う気が、あるのか」ってことだったってんだな。
ココで言えることは、少なくとも、ハッサン先生のこのイスラム県とのパイプにおいては、「ちゃんと、ハナシができる」ということだったワケだから、戦略的にも大事なルートだったと思う。ハッサン先生は、このことを外務ショウに伝えておったってんだが、でも、どう判断するかは、最終的には政治(=アベ)のアンケンだったと思う。
だから、ハッサン先生のハナシでは、その「1・20」に処刑予告動画をupしておった時点で、向こうは相当、アタマがテンパっておったっていうカンジなんだよな。ま、ワシの推測でしかねえんだが、常岡浩介が「あの時点では、(人質救出の可能性が)ゼロではないにしても、絶望的だった」と言っておるように、むしろ、キモは「それまでの交渉の経緯」なんだと思う。
それで言うと、去年の10月上旬の、桜田門は外事3課によるガサ入れで、結局、ハッサン先生も常岡もヒギシャにされてしもうて、要は、それ以降、身動きが全く取れん状況になったワケだからな。「鉄は熱いうちに打て」、「物事はタイミングがすべて」ってことで言えば、もし、アソコでガサ入れがなくて、常岡がピャーッとシリア入りしておったらだな、あのウマル・グラバーを経由して、「もっと上の意志決定権者」と会うて、それこそ、「ムチ打ち100回」で済んで、湯川を解放し、ニッポンに連れ戻しておった可能性はあるんだな。だって、後藤がシリア入りしたのは、10月中旬かよ。とにかく、「このガサ入れの後」だからな。
コレもワシの推測だが、そうやって、ガサ入れによって、ハッサン先生と常岡が塩漬け状態にされた結果、ウマル・グラバーと音信不通になったワケだから、向こうだって、「いったい、どうなってるんだ?」って思うわな。そこから疑念や不審が募っていって、その後、ハナシがこじれていったことも考えられるわな。
しかし、人間の生死の境ってのは、ほんの紙一重、いや、カミソリの刃一枚の差かもしれんよなあ。ぬあんで、後藤健二らが斬首されて、常岡浩介がのうのうと生き延びておるのか。んもう、コイツは「運命」、「不条理」としか言いようがねえよなあ(笑)
#んで、今日(=2・11)、社会新報所属のブンヤの田中みのるのオッサンが、「政局ウォッチNOW」っていうラジオ番組で、いろいろ喋っておったんだが、本人のツイッターにそのリンクが貼り付けてあって、オモロかったな。
後藤健二の母親の石堂順子の、外国特派員協会での会見を、田中のオッサンが仕切っておった云々と言われておるようなんだが、要は、石堂は小金井、田中のオッサンは国立と、武蔵野はJR中央線沿線在住の近所同士ってこともあって、本当に偶然だが、元々、顔見知りだったってんだな。それで、田中のオッサンは、「永田町に巣食う、原発リケン塗れのド腐れ糞フィクサー」こと、「白川司郎のおやぢ」に恫喝ソショウを起こされた際、以前、同協会で会見を開いておったんだが、ココで会見を開くと、自動的にそこの特別会員となるんで、それで、ココにはアルジャジーラとか、アラビア語の海外メディアも入っておるゆえ、イスラム県の連中にメッセージを発することができるんで、それで、会見を強く勧めたとのことだ。
とりわけ、今回、アベもそうだが、外務ショウも含めて、「ヨルダン丸投げ」で、何も動いておらんかったんで、余計、だからこそ、肉親である母ちゃんが、何かメッセージを発する必要があったってんだな。そこで、「ニッポンは被爆国だ」と言うことで、「私たちニッポン人も、あなた方と同じ空爆受け、その痛みを共有している被害者であって、決して敵ではないんです」ということを伝えたかった、とのことだ。「何とかして、息子を救いたい」っていう、ホンマ、母親の切なる思いだわな。
この田中みのるのオッサンの喋りを聞いてて、ワシが最重要ポイントだと思ったのは、アンマンにハケンされた、あの外務副ダイジンの中山泰秀なあ。「1月20日まで、じつは何もしておらんかった」と口を滑らして、官房ちょー官の菅に大目玉を食らったってんだが、ま、すべてはコイツに集約されておるよなあ(笑)
ワシは、別に、アベに自分の首を差し出せとは言わん。しかし、「外交交渉の失敗」によって、2人の尊いニッポン人が命を落としておるんだから、野党は外務ダイジンの岸田の首を取れんかったら、存在する意味はない。例えば、代々木の共産党は、この前の総センキョで、21ギセキも取っておるんだから、国怪のシツモン時間だって、それだけ長く取れるんだよな。ワシも比例では、投票用紙に共産党と書いたんだ、このアホンダラが!
#で、『フォーラム21』最新号(15年2月号)の特集「検証=40回目を迎えた『SGIの日』記念提言」で、ワシも「いつもながらの口先だけの『核廃絶』を垂れ流す池田SGI提言の欺瞞」を書いているので、興味のある人は、ぜひ、読まれたい。「在日米軍基地における核弾頭の保管」「ニッポンの核武装」ということにも触れて、「イケダモン大先生は、本気で核廃絶を言っておるのか? もちろん、言うだけなら、タダ」と問題提起した。
それと、パリ在住の広岡裕児氏の連載「ヨーロッパ・カルト事情」では、「追悼・『シャルリー・エブド』が報じた創価学会」の題で書いており、04年5月に出した同紙の別冊で、創価学会をはじめとして、統一協会、オウム真理教といった「ニッポンのカルト」について特集しておったってことを紹介している。で、創価学会に関する部分の抄訳が施されておるのだが、アソコの財務、すなわち、「カネ集め」のことも含めて、ツボを押さえておる。
今、シャルリ・エブドというと、イスラムの風刺画っていうか、その一部に含まれている「ヘイト画」の存在のみがクローズアップされてしもうておるんだが、しかし、同紙の編集方針として、こうした「カルト」、すなわち、「宗教の仮面を被った全体主義」に対する批判は、間違いなくあったと思う。それは、あらゆる宗教に対して、「政教分離」を求めていく姿勢でもあるのだが、エブドの風刺画を見ていくと、そうしたエスプリはにじみ出ている。第三書館のブックレット『イスラム・ヘイトか、風刺か』の解説でも、ワシはそのことを書いた。
#「上」の続きだが、『フォーラム21』最新号で、「やや日刊カルト新聞」主筆の藤倉善郎氏が、トピックスで「地下鉄サリン事件から20年 記憶の”風化”はオウムを知る世代の責任だ」の一文を書いておるんだが、全くその通りだ。
そうそう、この3月で、あの地下鉄サリン事件から、まる20年が経つんだが、取材する側も、どんどんと年齢が下がってきていて、「同時代のジケン」として体験していない世代が、増えてきておるってんだな。そうした中で、学者文化人やタレントが、そういったカルト教団の太鼓持ちをするのは、まだ、しょうがないにしても、オウム後継の「ひかりの輪」の上祐史浩が著した『オウム事件 17年目の告白』の共著者となった有田芳生、また、幸福の科学主催のイベントに出演した「ITジャーナリスト」の肩書を持つ佐々木俊尚といった、ま、ブンヤだわなあ。20年前の取材体験を持つブンヤが、今や、そうやって、教団を無批判に持ち上げていることの中にこそ、「ジケンの風化の本質があるのでないか」との指摘なのだが、全くその通りだ。
ちなみに、この佐々木俊尚については、ワシは、ココで何度も書いておるんだが、毎日シンブンの88年同期入社なんだよな。んで、その幸福の科学について、佐々木は「現在はカルトではない」「純粋に興味と好奇心からイベントに出演するので、それをどう宣伝利用されても構わない」としたうえで、霊言大連発の大川隆法センセイをはじめとする教団への批判も、「ネット上のデマ」と切って捨てておったってんだな。
もう、だいぶ前になるが、同期入社で、今は、学芸部の編集委員をヤッておる永田晶子とメシを食った際、こう言われたのを思い出す。「佐々木さんがね、ワタシにこう言ってたの。『古川は会社を辞めて、いったい、何をやってるんだ?』ってね」。だから、この言葉を、今でも、佐々木に返してやる。「で、オマエはいったい、何をやっとるんだ?」